26

 定時で帰宅した俺は、本宅のドアを叩き続けた。だが、ジンジャーの気配は感じられない。


 そうこうしているうちに、背後からコツコツと靴音が響く。肩をポンポン叩かれ、振り向くとアリッサムだった。手にはフランスパンが入った袋が握られている。


「……っ、アリッサム」


「ジョンソン先生、早速家庭訪問ですか? お兄様はきっと仕事ですよ。玄関の鍵を開けますから、下がって下さい」


「ジンジャーは仕事? 高熱を出したんじゃないのか?」


 アリッサムは玄関のドアを開け、俺を室内に招き入れた。人目を避けるため、速やかに室内に入る。


「高熱を出したのはお兄様が昨日連れ込んだ女性です。寒いのに裸でいるから、風邪を引いたんだよ」


「……は、裸って、オイッ」


「アスター、真っ赤になってる。可愛いな」


「バ、バカ、大人をからかうな! 大体、どうしてアリッサムが女装してるんだよ! いくら自由な校風だからって、ジンジャーはそのことを知っているのか……」


「そのことって? お兄様も両親もボクに悪い虫がつかないようにって、物心ついた時から洋服も玩具もお兄様のお下がりで、遊び相手もいつだってお兄様の友達だった。『男の子らしくしろ』とお兄様に言われて、ボクもその言葉に従った。その方がボクも居心地がよかったからね。でもそれは違うと気付いたんだ。ボクだってたまにはスカートを穿きたくなる時もある」


「た、たまにはって。アリッサムはアダムスミス公爵家の令息なんだよ。ジンジャーの言うことは正論だ。男の子は男の子らしく……」


「だからなに? 一晩一緒に過ごしたのにボクの気持ちに気付かないアスターの方がどうかしてる。ボクはこれでも男子にはメチャメチャモテるんだからね」


「……男子にモテる!? アリッサムがまさかそこまでとは……」


「失礼しちゃうな。男子にモテたら悪い?」


「……っ、バカ。モテたいなら女子にしろ。アリッサムが男子に興味があるなら、二度と俺のところには来るな。昨夜のことは他言無用だ」


 アリッサムは「ふーん……」と、自分の唇に触れた。今まで少年だと思っていたが、女装した姿が目に焼き付き、やけになまめかしい。


「アスター、キスしたことも他言無用?」

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