22

 結局、ボクの作った料理を食べても、ボクのパジャマ姿を見ても、アスターはボクが女子だとは気づかなかった。


 どれだけ鈍感なんだよ。


 半ば呆れながら別宅を出て、本宅に戻る。廊下を歩いていると、兄の寝室で甘ったるい話し声がした。


「まだいるのか」


 ボクはそっと室内に入り、クローゼットから制服を取り出し、ブルーのブラウスに袖を通す。


 鏡に映るボクはショートヘアで高身長で痩せていて、アスターから見れば少年にしか見えない。


「髪を伸ばせばよかったかな」


 前髪を左手でツンツンと引っ張り、ネクタイに手を伸ばす。赤いネクタイをスルスルとブラウスの襟の下に通して結ぶ。初めて手にする女子の制服に、少しドキドキした。


「アリッサム、アリッサム、戻ったのか?」


 兄がバンッと部屋のドアを開けた。


「キャッ! 勝手に開けないで! 着替えてるんだから」


「アリッサムも女子みたいな声を出すんだな。昨夜、アスターに何もされなかっただろうな」


「妹を親友の家に泊まらせて、『何もされなかっただろうな』はナイだろ。アスターは大人の男なんだからね。ボクを生け贄にでもするつもり?」


「まさか。アスターが盛りのついた男だとわかってるからこそ、アリッサムのことをだと言い続けてきたんだ。あいつは今もそれを信じている。だけどその嘘も今日までだな。その制服姿を見れば、女子だとバレてしまう。校長には入学した時から手を回して許可は得ている。男子の制服に着替えろ」


「嫌だよ。お兄様の嘘に十八年も付き合わされたボクの身にもなってよ。ボクはもう女子に戻りたいんだ」


 ずっと『ボク』と言い続けたおかげで、いまだにその言い方が直らないんだから。


「アリッサム、実は彼女が昨夜熱を出したんだ。悪いけど、朝食を作ってくれないか? 昨夜人払いをしたから、シェフもメイドもいないんだよ」


「は? 逢瀬のために人払いしたなら、お兄様が恋人に朝食を作ればいいだろう」


「俺は彼女の傍についていたいんだよ。それに、アスターを驚かせるなら、少しくらい遅刻した方がインパクトあるだろう」


 兄の屁理屈に付き合うほどボクは暇じゃない。ていうか朝食くらい兄が用意すればいいんだ。


「アリッサム、頼むよ。朝食なんて作ったことはないんだ。別宅でアスターと泊まったことはお父様とお母様には秘密にするからさ」


 それって、兄の自己都合だよね。


「もう、なんでボクが……」


 文句を言いながら、ボクはキッチンに立つ。


 いまだにボクを男子だと思っているアスターと学校で顔を合わせることは癪だけど、驚いた顔が見たくて、わざと遅刻して行くことにした。

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