微熱 2

アスターside

10

 アリッサムはあれから毎日のように別宅を訪れた。まるで別宅が自分の家みたいに寛いでいる。


 正確にいえば、この屋敷の所有者はアダムスミス公爵だからアリッサムの別宅に違いはないのだけど。別に何かをするわけでもなく、ソファ-に寝転がり、本を読んだり音楽を聴いたり。スペシャリスト《上級生》なのに、教科書を広げているところを見たことがない。


「アリッサム、珈琲飲むか?」


 キッチンからふとソファーに視線を向けると、アリッサムは音楽を聴きながらうたた寝をしていた。


 アリッサムの寝顔を見ていると、幼い頃の面影が蘇る。


 二重の大きな目……。

 ポテッとした唇……。

 艶々した唇は男のくせに妙に色っぽい。


 あれ?

 俺としたことが、何を見とれてるんだ?


 アリッサムは、少年なんだよっ!


 ◇


 ――八月後半、新学期間近。


 俺は着任の挨拶をするために、セントマリアンジェ校へ出向いた。富裕層の子供が多く在籍しているパブリックスクール。校舎も校庭も広々としていて、青々とした芝生と彩りの薔薇の花が一枚の絵画のように美しく、太陽の光を浴びた新緑をきらきらと輝かせていた。


 校庭では部活を終えた生徒が下校している。

 男子はブルーのシャツに黒いネクタイ、グレーのズボン。ツイードのジャケットに革靴。女子も同色の膝下スカートに赤いネクタイ。


 アリッサムはあの制服を着用して登校してるんだ。美少年だから、さぞ女子生徒にモテるだろう。


 そ、れ、な、の、に、どうして俺に!?

 それだけがどうしても腑に落ちない。


 校長室に出向き着任の挨拶をして、職員室に案内された。教員の皆さんにも挨拶を済ませ、教頭先生から九月から受け持つクラス名簿を渡された。


「ジョンソン先生には、スペシャリストのクラスを受け持って頂きます。着任早々ですが、昨年もスペシャリストを受け持たれていたようなので、その経験を生かして、本校でも宜しくお願いしますね」


 スペシャリスト《上級生》か……。

 大変だな。


 渡された名簿の表紙を捲り、俺の視線は止まる。


 は? 嘘だろう!?


 名簿の一番上に『アリッサム・アダムスミス』の名前を見つけて凝視する。


 同姓同名なわけないよな。

 アリッサムだ……。


 パタンと名簿を閉じて、深い溜息を吐く。


 はぁ……最悪だよ。

 担当のクラスに、アリッサムがいるなんて……。


 アリッサムと俺はキスをしたんだよ。

 アリッサムはあれから毎日別宅を訪れ、隙あらば俺の唇を奪おうとしている。久しぶりに再会したとはいえ、スキンシップにも限度があるだろう。


 でも、俺も最近はその雰囲気に流されてるというか……。


 教師である前に一人の男として、反省すべき点は多々ある。


 デスクの上には閉じられたクラス名簿。

 俺は頭を抱えて踞った。

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