ヘンブル その4
「取り巻きが少なくなっている、というのは退治された、という認識であっているだろうか」
「ん、まぁそういうこと。ちょっと前に大規模な討伐戦をやって、だいぶ、いやかなり削ったと思っとったんやけどな」
「隠れていたのか、増やしたのか、気になる所だが……。ん? クロエはどこだ?」
「…………あれ、やろか」
「…………あれ、だな」
ネネが指さした方を見ると、なにやら猿の魔獣たちが不自然に集まっている場所があり、ときおり魔獣の体や頭がポンポンと飛び交っている。
魔獣たちの鳴き声がやかましいためにはっきりとは聞き取れないが、かすかに「あははははははははは!」というクロエの笑い声まで聞こえてくる。
「見た目はめちゃくちゃスプラッタやのに、なんか呆けてしまう光景やな」
「気を抜いてると引っかかれるぞ」
「あー、それは嫌やわ。ならちょっとは真面目にやらんとなぁ!」
その言葉と共にファイティングポーズを取ったネネに対し、ベルは数歩後ろに下がることでネネの動きを阻害しない位置取りをする。鉤爪のついた手甲を構えるネネと、魔術師としての杖を構えるベル、そしてそんな二人の様子を窺うようにしてじりじりと包囲を狭めていく魔獣たち。最初にその均衡を破ったのはベルだった。
「《ぶっ飛べ》!」
「Ukkyaaaaaaaaaa!!」
「今だ!」
「やっぱベルちゃんもクロエちゃんの仲間やなぁ!」
爆風で吹っ飛ぶ魔獣どもには目もくれず、機敏に魔獣の群れに突っ込んだネネはその機動力を生かして足を止めることなく魔獣の頭を刈っていく。
しかし魔獣たちの数は多く、ネネが囲まれる。
「ちょっと頭下げろ!」
「へ? うおっ!」
想像よりも近くから響いたベルの声に驚きつつも、ネネはとっさの判断で頭を低くする。そうしなかった場合の結果は、すぐに魔獣たちが示してくれた。
「うわぁ、えっぐいなそれ……」
「単純な魔力の刃だろう。少し大振りにしているが」
「自分の背丈越えるようなもん作って少し、ってレベルなんか。しかもあんなに肉がスパスパと…………うぇ、脳味噌こぼれとるし」
「案外うぶなんだな。魔獣の脳味噌ぐらいよく見るだろ」
「数の問題や! 普通こんなに一気に脳味噌ぶちまけるような戦場には立たんのや!」
さすがに同胞の頭がパックリと割られる姿は堪えたのか、魔獣たちの動きが鈍る。そしてベルはもとよりネネも、そのような隙を見逃すほど甘い冒険者ではなかった。
「まあ脳味噌だらけのところに足を踏み入れる気にはなれんからな。《燃え上れ》」
「いやアタシ今からそこに突っ込むんやけどな? 嫌なこと言わんといて?」
その数分後、辺りには斬り裂かれ、焼かれた魔獣の死体だらけになっていた。しかし全ての魔獣を討伐しきったわけではなく、二人の虐殺っぷりに恐れをなして逃げ出した魔獣がかなりいたようで周りにある死体は最初にいた魔獣の数より大幅に少ない。
二人はそんな血なまぐさい場所でちょうどいい岩を見つけ、腰かけて休憩していた。
「そういえば、この魔獣、なんか素材になるものとかなかったのか? いや、ここまでボロボロにしていたら価値も何もないだろうが」
「あー、爪とか歯とかは装飾や武器に使えるかもしれんかったけど、今更やな。後はまぁ、食材として使うこともあるらしいけど……」
「あぁ、脳味噌か」
「絶対食べんけどな。というかそれ自体ゲテモノの部類やろ? アタシは普通の美味しい食事がしたいわ」
「同感だな。知識としてそういう文化があることは認めるが、な……」
「そういうもんよな」
うんうん、と二人でうなずきあっていると、目の前に頭のない魔獣の死体が降ってきた。降ってきた死体はまるで頭を地面に埋めたかのように直立し、すぐにネネの方に向けて倒れ込んだ。
「ぎゃあ!? え、なに? 怖いんやけど!」
「あー、クロエが暴れているなー。さて、加勢しに行くとするか」
「ハァ!? クロエちゃんのおった場所からここまで距離もやけど高低差もそこそこあったやろ!? どんな暴れっぷりなんや!」
「まあ普通はそう思うよなぁ」
「『私もそうやって驚いとった時期があったなぁ』みたいな雰囲気出されても困るわ……」
「ははは」
「笑ってごまかされたし」
二人がクロエが戦っているところに戻ると、そこは先程よりも酷い光景が広がっていた。
すでに足場は魔獣ばかりで、元の地面が見えている場所の方が少なくなっている。しかもクロエがひたすらに敵を斬り続けるために血溜まりがそこかしこに見受けられ、足場は最悪の状況となっている。
その上魔獣たちは同胞の死骸を手に持って投げたり、骨を取り出して武器にしたりと、ある種異常な行動を見せていた。
「…………これ、クロエちゃんが一人でやったんか?」
「まあそうだろうな」
「ベルちゃんは冷静やな」
「この程度の戦場は割と見慣れているからな」
「…………嫌な世界やな。魔王が死んでも何も変わらんわ」
「……そうだな」
ネネはベルの横顔をちらりと見て、頬をペシン、と叩く。その音で我に返ったベルは、隣に立つネネの方に視線を向け、クリッとした金色の瞳にぶつかった。瞳はすぐに笑みの形をとると、自分に言い聞かせるように声を出した。
「目の前にはどうしようもない光景が広がっとるけど、生きるってこういうことやもんな。……………………いやまぁあれは流石にやりすぎやと思うけどね?」
「ぷっ、ああ、そうだな」
「それじゃ、アタシらは雑魚狩りでもしますか。デカブツはクロエちゃんにプレゼント、ってな」
「それは実にクロエが喜びそうなプレゼントだな。賛成だ」
そう言って二人は下を目指して飛び降りる。もちろん着地地点には魔獣どもが襲い掛かろうと群がっている。ベルはそこに杖を向けて一言だけ言い放つ。
「《潰れろ》」
ベシャリ、と綺麗に円を描いて魔獣の群れに穴が開く。そこに危なげなく降り立った二人は背中合わせで獲物を構える。
「さて、準備はいいか、ネネ?」
「もちろん!」
その言葉を皮切りに、魔獣たちは二人の肉を裂こうとその爪を、歯をくり出す。その攻撃の隙を縫って、ネネが切り裂き、ベルが焼き、潰し、凍らせる。
「分かっとるけど、やっぱ魔術師の方が手数多いよなぁ!」
「当然だ。魔術師が格闘家に手数で負けることがあるとすれば、相当弱っている時、必殺の一撃を構築している時、追い込まれている時、作戦がある時ぐらいだろうからな」
「最後の一つだけ内包しとる状況が多すぎん?」
「細かいことはいいだろう。今は目の前の敵に集中だ!」
「軽口叩かんと集中できんタチなんよアタシは!」
「面倒なやつだなぁ!」
事実、ネネは軽口を叩きながらもその敏捷性は衰えを見せず、むしろ段々とその速度を上げているようにも見える。そのことに気が付いたベルは、ネネの身体をじっくりと見て納得したかのように頷いた。
「ようやく体が温まってきた、というわけか」
「ま、そんなとこやな。アタシの体はトップギアになるまでが遅いけど、なってからは止まらんからな」
「期待してるぞ」
「や、サポートだけやなくてちゃんと攻撃もしてほしいで?」
ベルはそれに答えず、ちょいちょい、とネネの後ろを指さす。それに従ってネネが後ろを振り向いた瞬間、目の前に魔獣の身体が飛んでくる。
「セイッ!」
それを掛け声とともに蹴り飛ばし、ネネは呆れたようにベルに顔を向け……再び後ろから飛んできた魔獣の体に後頭部を殴られた。
「油断大敵、だな」
「いっ、たぁ…………。猿ども、絶対ぶっ殺す」
「ちなみに一回目は猿が投げた死体だが、二回目はクロエがたまたまこっちにぶっ飛ばした死体みたいだな」
「どっちにしたってアタシの方に飛んできたっていう事実は変わらんのよ!」
「また来るぞ」
「ああもう! ベルちゃん、援護頼むで!」
「援護だけでいいのか?」
「できれば攻撃もしてくれると嬉しいなぁ!」
「心得た。だから安心して暴れてこい、ネネ」
「よっしゃ任せてや! アタシの前に立った猿は皆殺しにしたるわ!」
少女二人旅~死んだふりをして勇者と魔王は世界を巡る~ 将月真琴 @makoto_hata_189
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