第20話気づかないうちに

「やあやあ、日和~死んでしまったかと思ったよ、で、どうだった?」

「どうもこうもないですよ。聞いた話と違う上、得体の知れない能力を持っていましたし、本当に意味が分かりません」

「そうか」


白髪の異様なほど肌の白い男は、日和の言葉を頭の中で咀嚼して思考していた。

……、ね。

「やはり、特例か」

「それだけは、間違いなく言えるでしょうね」

「お前の『追憶』も通用しないとは思わなんだ。記録上は、アソビは低位の殺傷能力者だと認識されていたからね、君みたいな上位に勝てるとは。」

「そもそも、本当にあれが、アソビなのか、分かりませんよ」

「というと?」

「あれは、ひょっとしたら、あの始まりの少女と同じ能力を持っているのかもしれません。」

「……それは」

有り得るのか? そんなことが。

「私はこの目で見ました。あいつは、私の銃弾を操作して軌道を変えた。それに……分かるでしょう? 私の言いたいことが」

「……『血の匂い』、か」

「そうです。貴方なら、私より貴方なら、分かるでしょう? あいつは、少なくとも数百で収まらない人数を殺害している。異常ですよ、まだ能力が開いてから3年しか経っていないのに」

 殺傷能力にも、能力としての限界がある。

半永久的に血を使用するサトルを例にすれば分かり易い。

体内から血を使い切ってしまえば、たった数分の使用だけで死亡するケースだってある。

 現に、彼女の右腕は過度の火傷と細胞の劣化によって機能が停止までしていた。


「それなのに、当の本人にはその自覚が無いようだが」

「記憶喪失なのか、それとも多重人格のようなものなのかもしれませんがね」

「確かに、あるかもしれんな。だが、お前の言う『殺傷能力』が変化する理由にはならないのではないかな? たかが人格が変わっただけで」


ただ理性を失う代わりに、脳機能を動体視力と運動機能に向けることが出来る。

それが、アソビが最初隔離されていた時に研究員から出されていた結論だった。

だが、違った。

 神経が焼き切れるように機能を停止していた右腕。火傷の跡。

 そして、他人の脳神経に働きかける心の能力。


 幼少期、含め彼女が受けてきた心の傷。

それらが結果として、彼女の正体を隠していたのではないか……。

狂うという力は、彼女自身の特性の、一つでしかなかったのではないか。

「……それは、そうですが」

「まだ、結論を出すには早い気がするけれどね。まあ、今にも暴走するってわけでもないんだ。僕の『構築』もうまく働いているようだし、ひとまずはこれで良いとしておこう、良いね?」

「……はい」

「よし、話は終わりだ。さっさと風呂に入って寝るといい。能力を使い過ぎて神経が疲れているだろうから」


少し頭を下げた後、日和は自分の部屋へと戻っていった。


「……本当に恐ろしい話だよ全く。」

近くに置いているモニターでアソビが寝ている様子を観察する。


「どうしてあのタイミングで、カミが出てきたのか……不可解だ」

カミは殺傷能力の塊で、始まりの少女の残した遺産だ。

問題なのは、その影響を全て取り除いた上で出現した、という事実。

あの時、あの場所では少なくともあれは発現するはずではなかった。

どうしても有り得なかった。


「この子が呼んだのか、それとも……?」

分からない。

もしかしたら、この子は――


プルルル、と電話が鳴った。

「先生ッ!!」

「何だ」

電話口で聞く声は、酷く焦っていた。

「どうした」

「モニターを見てください!!」

日和は、冷や汗を浮かべて、電話越しに叫ぶ。

「は?」

何を言っているんだ、常に私はモニターから目を離していない。

「何を言って………………ほお?」

何故か、

そのモニターにはアソビは映ってはいなかった。


狂気にざわめく音がする。

それはとても綺麗で、いつまでも聞いていたい魅力を持っている情景だった。

そこで私は息を吸う。血の匂いがする。

ああ、もっと殺したい。ぐちゃぐちゃにしたい。

綺麗な赤色を、私に浴びせて欲しい。

不思議だ。

私じゃないみたい。

「……」

フードを深く被りながら、アソビは辺りを見回していた。

街を歩く。病院から出た途端、世界は一変した。


言わば、スラム街のようなものだろうか?

貧相な服を着た女性、男性、子供に、ちっとも清掃が行き届いていない、まるで「戦いが終わった」場所のような。

「場所はどうでもいいんだけどね、別に」


さて。 

誰が、殺人鬼なのか。


顔を隠すローブを少しだけ上に上げて、

『取るに足りない悩みの方が人生大いんだから、皆々様! ここはどうぞ平等に、ルールを守って人殺しを楽しみましょう!』


「やめて!やめてぇ! 殺さないで!」

何だこの声……?

アソビは声のする方へ、地下へと歩いた。

 

「一番多くを殺した奴の勝ちとなります!! 殺し方は何でも構いません!

首を切っても、四肢を切断しても、何でもありです!!」

「……」

血の匂い。

試合場のような円形のグラウンドを柵で囲んでおり、その中で女の人が殺されていた。

「……さっきの声の人か」

「あ? なんだい君も参戦するの?」

呟くと、隣にいた赤髪の青年から声を掛けられた。

容姿は整っている、服も簡素だが外ほど酷くはない。


「どういう催しなんですか、これは」

「見たら分かるだろ? 殺し合うんだよ、それに金を掛けるんだ」

「人間を殺してもいいんですか」

「ん? ああ」

「……」

「ん? おい、お前……」

少しだけ口角が上がったのを隠すため、顔を下に向けた。


「一般人殺したって面白くない。誰が一番イカれてるのか教えてください」

「は? いやお前観戦じゃ……」

「良いから教えて?」

その瞳の中にある不可思議な光に、魅せられたのか、それとも恐怖を感じたのか、

その青年は答えた。


「いや、ほら、さっきまでナレーションやってた女だよ、名前は……」

「……」

そうか。

なるほど。ここに居たのか。

「アハ」

青年に背を向けて、闘技場の中に入ろうとする。

「おい! どうなっても知らねえぞ!!」

彼だけでなく、他の観戦者も全員汚いヤジを彼女に飛ばした。

「……だから、良いんじゃない」

「は?」

「どうなるか分かんないから、楽しいんだよ」

そう言って、顔の半分だけが狂気に満ちた笑顔に変わっていた少女を、

彼は、何か得体の知れないものを見たように感じた。


※ 

 簡単な試合だった。

人が人を殺すだけの、簡素な試合。

もっとも。

彼女にとってはただの遊戯でしかなかったが。

「…………」

彼女が殺した人数が30を超えた時点で、彼女にヤジを飛ばす者は誰一人としていなかった。

右手にナイフを持ち、血を浴びて笑う少女。

『ねえ、キミ!』

「……?」

『そんなに強いんだったらさ! ワタシと戦ってみない??』


待ってました。

「いつでもどうぞ」

「やったー!」

彼女の登場に、観戦者が沸き上がり、その通る道を開ける。


黒のタンクトップを着て、かなりボーイッシュに見える。

顔には、頬の切り傷があり、かなり擦れている印象を受ける。

「……スン」

匂いがきつくなりだした。

血の匂い。


「よろしく。私はサラって言うの。仲良くしてね」

「……ええ」

この匂い、殺害数は……ざっと70人くらいか。

「素手でいいんですか?」

「武器なんて無駄なんだよ、ワタシには!」

「そうですか、それじゃあ……」

アソビはナイフを捨てた。

「お?」

「私もそれで行きます」

「ハハハ! 良いね!」

サラがその明るい顔に少しの闇を浮かべたのを見て。

アソビも笑った。


♦♦♦♦

 駆け出すように殴り合う。

鳩尾を打たれたら足首を、頚椎を狙われたら重心を、足払いを受けたらタイミングを合わせて脛を狙う。

 両者とも息が上がっていた。

 両者とも笑っていた。

ただ、

「お前も、変な奴だな」

「お互い様でしょう」

「いやいや! お前は特にだよ……急に出てきたと思ったら人殺しを躊躇なく続けやがってよお? 何考えてんだッ!?」

こめかみを殴られそうになったので、その腕をとって重心を崩した。

「ん!! まるで、何も考えてねえみたいな動きしやがって!」

「……」

凄いな。

その通りだ。

「少しくらいは罪悪感持たねえのか?? なあ! これだけの命を奪っておいてよォ!!」

「……」

自分でもよく分からない。

ほんの少し前までは人殺しは吐くほど嫌いなはずだったのに。

だとしたら、これも、違う自分なのかもしれない。

私にはよくあること。

無感動な自分、人殺しの自分、狂った自分、物語としての自分、そして、

化け物としての自分。それに、

元の自分に、これまで、何回か出てきた左手の奴が混じってきているような……。

そんな漠然とした不安は、今ここにおいて意味をなさなかった。


人を殺したい。ただそれだけの感情が脳内を支配している。

蹴りを伏せてかわし、左手で足を払った。

「右手を使わずにッ……!」

おかしい。

本当に。

私じゃないみたいだ。


左に回転して体勢を立て直したサラは、少しニヤついて呟いた。

「『空想』」

能力を察知して後方に飛ぶ、が、

「!」

間に合わなかった。


目に見えるものが全て、

「これは……?」

全て違う景色に置き換わっていた。

頭上に衝撃が走る。

「ッ!!」

「おら!!」

地面に叩きつけられた。

「あんまり調子に乗るなよ? 片手だけの縛りプレイで私に勝てると思ってんのか」

「……いやいや、キツイな、ハハ」

「お前さあ」

耳元まで口を近づけられる。

「殺傷能力者だろ」

「……」

周りの音を聞く。

思ったよりはさざめいていない。

「色んな殺人鬼見てきたけどさあ、お前みたいな奴見たよ」

「……」

「見た感じその動きもそいつに似てるし。ひょっとしてあいつの家族か何かか?」

「どう、でしょうね、ところで、降参するので許しては貰えませんか」

「冗談キツイなお前! ハハハハハッ!!」

身体を押さえつける力が増す。

「話し方までそっくりと来た! やっぱりお前アイツと似てるわ。なんかさあ」


適当に相槌だけ打ってるみたいだ!


「ずっと本心を隠してるだろ? 行動に理由なんか多分ねえだろ?、ただその場のテンションだけで人を殺す。自分勝手で典型的な殺人鬼だ! アタシはお前みたいな奴が大嫌いだし大好きだ、ハハハハハ!」

殴られる。後頭部を殴られる。蹴られる蹴られる。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


痛いのは嫌だ。


右手が疼く……。チリチリと何かが焦げる音が聞こえてくる。


「ちょっと、どいて!」


息切れしながら走ってきた女が言う。

「サラ!! 今すぐやめなさいッ!!」


「やめる? 辞めるなんて選択肢があるわけねえだろ!! 馬鹿かお前はァ!」

「そいつは、そいつだけは触ったらいけない!!」

「はあ?? 何言ってんだお前……」


アソビは病んだ瞳を惨たらしく歪めて呟く。


「私が生まれてきたことに意味があったかどうかは分からないけれど、

君の命を奪う権利が果たして私にあるのかどうか……」


「なんだ……?」

上に覆いかぶさっているサラを他所に、


アソビは酷く冷静だった。


「止めろ!!」

「『報い』」

「え?」

血が飛び散った。


「あ、ああ……」

困惑するサラは、自身の肩を見た。


あ?


右腕がちぎられていた。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


「半殺しで許してあげる」

ゆっくり立ち上がると、自然と顔が歪む。

顔が痛いくらい歪む。

「ど、どうしてッ!! お前何をした!!」

「もう発散は出来たし、殺さないでおいてあげる。……キミは、まだ殺すには


意味の分からない言葉が口から出てくる。

あれ? 私は何を言っているのだろう?

何を、しているのだろう?


分からない、分かっていない、分かりたくもない。

たとえ、私が誰かの操り人形なのだとしても。

今はそれで良かった。


「まだ、

自然と口から出たそんな言葉は、

少なくとも、私が言った言葉とは思えなかった。



<to be continued.>



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