第19話青い鳥
身体にたくさん穴が開いている。その穴はもう塞がらない。
身体が痛い、痛くて苦しい。もう失ってしまったものを想う気持ちで、心も辛い。
どうしようか、これ以上生きていても苦しいだけだろうか……?
それともこのまま生き延びるか? だとして、どうやって生きていく?
身体に空いた穴は塞がらないのに、痛みで今にも狂いそうなのに、
それなのにどうして生きている意味があるというのだろうか?
分からない、分からない、分からない、分からない。
私には、分からない。
横を見る。自分と同じ痛みを抱えた人がそこにはいた。
手にナイフを持っている。……あぁ。それで自分の首を切るつもりか。
待って。私にはもうナイフを握る手も無いの。苦しいの。
そのナイフで、私のことを先に殺して。お願い。
『……』
そう言うと、何も言わずその人はガタガタと穴の開いた身体を動かしながら、こちらに来ると、
『本当にいいのか?』
それだけ聞いてきた。
「お願い……します……」
そう擦り切れる声で言うと、その人は首肯し、
そのナイフを以て、私の首を切り始めた。
左から徐々に右に向けて切れていく。
ああ、やっと楽になれる。私は、やっと。
首が右まで切れ、その瞬間目を瞑った。
首が、後ろにストンと落ちる感覚と共に、
私は眠りについた。
★
夢から覚めた、毎日の癖で体を起こそうとした。だが、動かない。
胸が熱い。心臓が早く動いている。変な夢を見たせいだ。
首は、ちゃんと繋がっている。
瞼を軽く開けて、外を見ようとした。
「……あ、あれ?」
自分の視界がぼやけて形あるものをそのまま捉えることが出来ない。
重い瞼をこじ開け、両手で少しだけ自分の体を起き上がらせた。
「ごほっ、げほっ! これ、は……?」
見ると、自分がベッドに寝ていることが分かった。
声を出そうとすると口の中が血の味がして、気持ちが悪い。
どうしてかは分からないが、酷く体が重い……。
ズキ。
「痛いッ!?」
右腕から皮膚が張り裂けるような痛みを感じた。
「包帯……?」
「動かない方がいい」
「!?」
突然の声に驚き、背後を振り向いた。
「誰、ですか……って、え?」
目の前には、少し前に見た顔があった。
「……いや、え?って何だ。え?は失礼だろう。初対面なくせに非礼なガキだね。いやまあ、全くと言っていいほどお前は現在の状況を理解していないし、出来るはずもないんだから仕方が無いと言えば仕方が無いんだけれど。……ただ、動かない方が良いというのは本当なのだし、別に間違ったことは言っていないんだから、やはり僕がお前に説明してやる義理は無いんだけれど。それに、傷が開いてはこれまで君に施した治療が全てパーだ。うん、間違ってないね、僕は正しい」
「あの……?」
「どうせ、僕が誰かさんに似ているなんてことを考えているんだろうから、あらかじめ言っておくと、僕とあの死神との間には何の関係も無いし、ただの他人の空似であることを、ここで言っておきたいと思う。」
「はぁ……?」
目が見えていないことを見越しているかのような発言に少し違和感を感じたが、何も言わず、現状を把握することに努めた。
「病院なんて、あったんだ」
「……なんだろうね、お前は。少々物分かりが良すぎるような気がするけど。うん、分かりにくいなお前。まるで」
なにもかもどうでもいいみたいだ。
「……」
彼に目を合わせず、遊は、不器用に作り笑いを浮かべた。
「慣れてるので」
「へえ? 慣れてる、と来たか。それは、この状況の移り変わりにか? それとも、この僕の発言に対してかい?」
「両方、でしょうね」
「両方……ふん、そうか両方か。」
しばし考えて、その人は、
「まあ、いい。お前の右腕は、まだ組み合わさってないからな。今のところお前に言えるのは、『黙って寝てろ』だ。分かったな?
遊が何も言わずにいると、黙ってその人は部屋から出て行った。
「……変な人」
一方的に話して勝手に行ってしまった。
だが、少し話したおかげで眼が冴えてくる。目が少しぼやけるのはやはり疲れのせいか。
「お前にだけは言われたくないね」
「わっ!」
「出ていったと思ったか? 聞いていないとでも思ったか? 鈍いな。この鈍感さは、戦場に出たらすぐに死んでしまいそうなくらいに致命的だ。良く生き残ってこれたものだ。」
「……何か?」
「聞くように言われていたことを聞き忘れていたんだよ。まあ、本当に些細なことだし、半分くらいは冗談のような内容だから、適当に答えてもらっても構わない。」
一拍間を開けて、
「お前は、『共感性の化け物』か?」
「……」
「まあ、なわけないよな? お前はどう見ても16くらいだろう? それとも日和みたく年齢が分からないだけなのかな、それにしても、あの『始まりの少女』は今頃生きていたら50は超えているはずだし、それに、もう死んだはずだし。うん、やはり無駄だったな、すまない。謝るよ。」
分からない。
「いえ」
分からない。
「大丈夫ですよ、全然」
分からない。
私は
自分が、誰なのか、分からない。
「っと、忘れてた……」
「え」
彼の指が額に付いた。
「『夢』」
「!」
「悪いね、寝かしておくよう言われているし、本当に今動かれたら困るんだ。また傷が開いて『構築』の効果を解かれても困るから。……いい夢を」
目の焦点が合わない。
ぐるぐるぐるぐるぐる。
目が回るように、意識が消えた。
◆◆dream◇◇
花畑に、いた。
暖かい陽気に包まれながら一人ぽつんと立っていると、
ピー、ピーと鳴く声が聞こえた。
「ん?」
何だ、と思い、音のする方を探す。
黄色い花を手で避けながら、進む。
すると、大きな木があった。
木の枝を見上げると、
「……綺麗」
彼女の視線の先にいたのは、青い鳥だった。
綺麗な青色。純粋な蒼色。
青い鳥に向かって、優しく問いかける。
「私は誰のために笑えばいい? 幸せの象徴さん」
そして、
「アハハアハハアハハはハハハ!」
青い鳥が小さな口をこれでもかと開きながら、笑い始めた。
笑えばいいのだろうか。
何もしなければいいのだろうか。
分からない。
「その答えは、もう君の中にあるはずだろ! おかしいね! アハハ!」
そんなもの。
あるわけないじゃないか。
「いーや、あるね! きっとある! 君はまだまだ、何も捨てていないんだから!」
初めから何も持ってないだけだろう。
「何も持っていない? 猶更素晴らしいじゃないか! お前は幸福にも、不幸にもなれるってことだ!!」
「ねえ、私はこれからどうしたらいいの?」
どうしたら、貴方みたいになれるの?
笑えるの?
すると、青い鳥は木の枝から翼を広げて、飛ぶ準備をし始めた。
「もう行っちゃうの?」
「行かないといけないんだ! 僕は忙しい! でも、大丈夫だよ!」
「え?」
「僕は! どこにでもいるからね!!」
そう言って、青い鳥は、どこか知らない場所へと飛び立っていった。
「僕を探せ! そうすれば、きっと僕はいる!」
飛び去って行く青い鳥に、私は、
ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
<to be continued>
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