第3話 選択
身体を揺らす振動で目覚めた忍
下を見下ろすと、Mが木の足元を伐採していた
斧を大きく振り払い、リズムよく何度も叩いている
木の頂上で眠っていた忍へ、Mからのモーニングコール
「バレたか
寝床をMに知られ、戸惑い露わに唇の端を吊り上げる
土台は段々と削られ、やがて木は折れる
視線を右の並行する木へ移し、距離や高さを目測する
忍の中で、先日の記憶が蘇る
キャンプ中の女性が1人、Mに襲われるが、後ろで潜んでいた忍は、臆して動けずにいた
そこで生まれて初めて、殺人というものを、Mを人と呼べるなら、人が人を殺す瞬間を初めて目撃したのだ
次の獲物を探し、移動するM
それを見送った後、忍は殺された女性へ近づき、死体を間近で眺めた
無残な刺殺体、女性の恐怖に歪めた顔が、忍の脳裏に鮮明に記憶される
唇を噛み締め、忍は、Mの後を追った
Mを視線の先に捉えた忍
男へ手を下そうとしているMに向かい、静かに、滑らかに歩を進めていく
そして懐から短刀を抜き、Mの背中へ切っ先を走らせた
短刀は、最後まで振り切られなかった
忍の気配に気づいたMが、手にしていた鉈を、後ろに迫る忍へと振り払ったのだ
短刀で受けることで我が身を守った忍だが、衝撃で数メートルも後方へと吹き飛ばされた
木が忍の身体を受け止めたが、突き出た枝により負傷
恐怖と苦痛に表情を歪める忍
隠密行動が得意な忍だが、恐怖と不安がMに察知されたのだ
男を仕留めたMが、忍の方へと近づいてくる
忍は逃げるしかなかった
男を助けることはできなかった
Mの住処へとやって来た忍
手の中に液体が入ったポリタンクを手にしている
しばらく小屋を眺めた後、慎重に、なおかつ迅速に歩き、液体を小屋の周りへ浸していった
やがて周り終えたあと、ライターを取り出し火を起こす
火を見つめる忍
それは、覚悟を秘めた炎であった
殺す覚悟
忍者には、正々堂々や、武士道といったフェアプレー精神はない
任務遂行のためなら卑怯なことも、他者を利用することもある
就寝時に焼き討ちすることも、本来ならば躊躇えないのだ
しかし、覚悟の炎は消えた
恐怖心や非情になれない自分に負けたのではなかった
理由は2つ、これでMが倒せるとは今更ながら思えないこと
もう一つ、それは好奇心であった
Mの素性を知りたい、そしてそれを覗き見ることで、何か糸口が見つかるかもしれない
そういった思惑が、忍びの中で突然湧き上がってきたのである
忍は戸口に手を添えると、ゆっくりと開いた
それと同時に後退し、一定の距離を作る
どんな攻撃も捌けるように、臨戦体勢は崩さない
中の気配を探り、聞き耳を立てる
微弱な音、忍だからようゆく聞き取れるほどの音、それは呼吸音だった
Mが眠っていることを確信すると、今度はライターで火を灯し、中へ入った
人骨、死臭、血の付着した武器の数々
それら小屋を満たす死の産物に、忍は慄然とする
同時に、呼吸音が途切れたことにも気づいた
忍者は感情に理性を殺されてはいけない
しかし、Mの存在は異質であり、未知だった
反応が遅れた
振り向くとそこに、Mが立っていた
距離は1メートルもない
感情が忍をその場に留まらせ、理性で次なる行動を考える
Mは武器こそ持っていないが、その分最短距離で忍を捕らえることができる
ましてや素手でも充分に殺傷能力を備えており、捕まれば命の保証はない
狭い空間、出口が控える後方にしか逃げ道はない
飛ぶが先か捕まるのが先か
1秒にも満たない時間でそこまで思考を逡巡している内に、Mが動いた
その手はゆるやかに伸びて、忍の胸元へと迫って来た
死
過ぎる疑念を、忍者の体質で振り払う
忍は、膝の力を一気に抜くことで予備動作を作らずにポイントをズラし、同時に背面へと反ることでMの手をかわした
そのまま倒れる勢いを利用し、地から離した両足でMの身体を蹴り、反動力を活かして後ろへと逃げた
距離を空けて再び対峙する二人
今度はMも動くのをやめた
刻が止まったように2人は見つめ合った
時間の概念を忘れるほどに、忍はMを見た
視線で刺すほど見た
Mも忍を見た
やがて、虫と木々の何度目かの呼吸を聴いたのち、忍はMに背を向け、走り去った
忍の脳は現実へと戻る
それは選択の時間だった
選択の成否を問う回想だった
命を分ける選択
逃げれば命は助かるが、先へと進むことはできない
横の木へ移るか、それとも
Mの渾身の一撃で、木は根元から完全に切り離された
木もろとも落下していく忍
作業を成し遂げ、体勢を整えていないM
木で身を隠した忍、落下で増す重力
これらの機を偶然手にした忍が選んだ選択
忍は短刀を握りしめ、Mへと目指して突き進んでいった
殺意で結ばれた友情 Kacchaman @kacchaman261208
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