YプロリレーNo,4
西井ゆん
2000光年のアフィシオン 第4話
第1話はこちら
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890555572
第2話はこちら。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890620812
第3話はこちら。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890623821
**********************
その昔『自動車』というものは『自動』ではなく『手動』だった……らしい。
車を前に進めるためには『アクセル』を踏む必要があったし、向きを変えるには『ハンドル』が欠かせず、そして動きを停止させるには『ブレーキ』が用いられていた……みたいな。
そんな不安定かつ不完全な乗り物に、人類は百年も乗り続けてきた歴史がある……そうだ。
……と。
以上のように、脳を経由していない伝聞形の助動詞をこれでもかと並べた理由を述べるのなら、それは長々といたずらに言葉を尽くすよりも、俺の隣に目を向けてもらった方がきっと相当にわかりやすくて、明快だ。
「全く……古代人の考えることは理解できないね」
きっと暇つぶしだろう。
外を向いてその言葉のほとんどを聞き流す作業に終始していた俺を放って、フランは言葉を続けた。
「頭に『自動』って言葉を付けてるくせして、ライトのオンオフ以外のほとんどの機能を人間の『手動』に頼っているっていうんだから、こんな意味のわからない話もなかなかに珍しいな」
「…………」
「今からでも遅くないよ。いっそのこと『自動車』ではなく『手動車』――なんて呼んでもいいかもしれないね」
「…………」
「もちろんそれが時代が生んだちょっとした事故のようなものだってことは、僕だって重々承知しているよ。当時の人にとってみれば、自分の脚を使わず前に進むことができる乗り物、と言うだけで、もうそれは十分に『自動車』だったのだろうからね」
「…………」
「しかしだ、アルバ。どうだろう。アーサー・エディントン博士によれば時間というのは平面状に一定方向にしか流れないわけで、つまりこの科学が限界まで発達しマニューバなんて代物を作り出すまでに至った私たちが生きる現代文明だって、いつかは必ず過去になってしまうわけだ」
「…………」
「だからね、アルバ。昔から君は僕という人間を『人の揚げ足ばかりを取る性格の悪い人間』として見てくるけれど、でもこうやって僕がバカにしている過去の人たちだって、きっと太古の人が考えたセンスのないネーミングセンスに嘲笑を向けていたことだろうし、そしてこの先の未来を生きる人々だって、今僕たちが必死に考えたマニューバという兵器や物やなんなら概念までだって、その名称をあげつらってバカにしたりするだろうことは、もはや想像に難くないことだと思うんだよ」
「…………」
「だから僕は過去をバカにすることはやめないし、やめるつもりもないよ」
——本当、自動車って名前つけたやつは死んだほうがいいね。
終始黙って外を眺め続けた俺に構わず、長い話の尻にその言葉だけを残して。
そして、やっぱり普通に性格の悪い俺の幼馴染は最後、軽快に笑った。
こいつとの付き合いは長い。
具体的な年数なんて特に必要性にかけるので覚えてもいないが、間違い無く言えることにあるのは俺が『アルバ』という名前を自覚的に捉えるようになった時にはすでに、フランは俺のそばにいた。
母など生まれてこの方見たこともない俺だが、それでも無理矢理に俺にとっての『母』という名詞に当てはまる人物を探すのであれば、それはきっとこのフランがそれに当たるだろう。
俺にとって、フランは『幼馴染』であり。
そして『育ての母』でもある。
と言っても歳はそこまで変わりないのだが。
せいぜい二つか三つほどで、さらにいえば血縁関係も特にない。
じゃあどうしてフランが俺にとっての『母』であるか——。
その話を語るには時間的にも体力的にも空腹的にもなかなかに厳しいものがあるので別の機会にするけれど、それでも。
その中でたった二つだけ語るとするならば、一つに俺とフランは同じ孤児院出身であることと、二つにフランのおかげで今の俺が存在しているのだ、という事実だけは述べておいても体力の消耗にはなるまい。
「…………」
そういえば。
俺は思う。
こんな、こんな風に昔を思い出すようなことをしたのは、はて。一体いつぶりだろう。
先に語ったポニーテリカの話ではないが、自分がまだ人間らしい感情を残していることに少し驚きを覚えた。
「ん? どうしたアルバ」
「…………」
「?」
「……なんでもない」
「……? ならいいが」
……まあ本当に久しぶりだしな。
と。
なんとなく。
あくまでなんとなく無意識に彼女の顔を見ていたこと自分を認めたくなくて。他人に認められたくなくて。
だから俺は言い訳とともに視線をそらした。彼女から目を離した。
*****
「——で」
しばらく進んだ道の途中。
自動車の話題からの派生した二、三の長話を再び始めた彼女の言を遮るようにして俺は声を出す。
「今日は一体何の用なんだ。フラン」
「何の用、とは? 僕たちの関係は用事を会うことの言い訳にしなければならない程度のものだったのかい?」
「俺とお前の関係はともかく、少なくともお前は用もないのに人に会おうとする女ではねえよ」
「君は特別だよ」
「うるせえ黙れとぼけんな」
「なんだ、今日はまた一段と言葉遣いが乱暴で適当だね。そんなんじゃまたあの偏屈冷徹子煩悩じじいに臓器を焼かれてしまうよ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「あーもー。わかったわかった、わかりました。言えばいいんだろう? ……ったく。君は相変わらず人類にのみ許された『無駄話』という特権をとことん楽しまない人間だな。そんなんで一体何を楽しくて生きているというんだい?」
「…………」
「……わかったよ。もう話も逸らさない。さっさと話を進めることも約束する。間違いなく君に会いに来た理由を白状もする。——だから、今すぐその睨みをやめてくれ。昔からだが君の目って夜になると一層険しくて怖いんだよ」
「…………」
別段睨んでいたわけでもなかったのだが、それでも話を早く進めてほしいという訴えは本当だったので、だから俺は特に何も言うことなく視線を外の空に戻してフランの言葉の続きを待った。
「——じゃあ切り替えよう」
一言。
そんなセリフをつぶやいたフランはしばらく黙って、沈黙とともに静寂を作り出す。
数秒。
目をつぶって口を閉じ、息の一つだってすることもせず、彼女は止まる。動きを止める。
頭のてっぺんから足のつま先に至るまで、その動きに一切の揺れはない。
膝に置かれたその拳は強く握られていて、その短い金髪ですら微かな揺らめきは見えない。
まともに彼女の方向を向いていなくとも、その人格が、性格が、雰囲気が、まとめて一変したことが伝わってきた。
また数秒後。
ゆっくりと息を吐いて、息を出し切って、息を殺しきって、
そしてフランは言葉を吐いた。
「待たせたわね。アルバ」
「……別に。待ってない」
「あらそ。だったらいいのだけれど」
「…………」
「最近あんまり『あっち』は使ってなかったからね。久々で興奮しちゃったの。だからあんな長話になっちゃったのよ。許してね」
「そうか」
「ん〜、でもやっぱりこの話し方って肩がこるのよね。好きじゃないわ」
「……じゃあ」
「ん?」
「じゃあ別にいちいち分けなくてもいいんじゃないのか?」
「いやよ。私がプライベートと仕事は分ける人間なの。知ってるでしょ?」
「…………そりゃ光栄で」
「あら、そう思ってくれる?」
「…………」
特に言葉を返すことなく俺は空の星々を眺める作業に終始する。
『あっち』はともかく『こっち』の彼女の導入はとても早い。
だからすぐに話を切り上げて話に入った。
「じゃあとっとと話しちゃうわね。もうそんなに時間もないし」
「……ああ」
俺は軽くうなずくことすらせず、視線を窓に戻して声だけの返事を返した。
「さっきの自動車の話、覚えてる?」
「……さっき」
「自動車のくせに手動で動いているとは何事かって、そんな話」
「……ああ、それか」
「その話を聞いて。……あなた、何か感じなかった?」
「感じた?」
「ええ」
「…………」
「…………」
「……いや。特には何も」
「そう。でも私は感じたわ」
とても……強く感じたわ。
つぶやくように彼女は言葉を吐く。
そしてまっすぐ、俺に目を向けて続けた。
「——『危ないな』って、そう感じた」
「危ない?」
「うん」
深く頷いたフラン。
その表情は真剣そのもので、空気を強く引き締めた。
「さっきの自動車ね。それが一般的だった時代の死者数が一体どれぐらいの規模だったのかって、あなた想像できる?」
「…………」
さっきからこいつが何を言いたいのか全く見えてこない。
しかし特に考えることを放棄していた俺は質問に深く考えることもせず、ただ思いついた数字を口から出した。
「……さあ。1000人ぐらいか?」
「100万人よ」
それも一年で。
世界中から100万人の死者数をこの『自動車』は産み出していたの。
「…………」
流石に想像以上の数字が出て来たことに驚いたことは事実だし、間違いないことではあるし、だからこうして言葉をなくしてしまったわけだが。
でも。
しかし、だからなんだというのだ。
こいつは……さっきから何が言いたいんだ。
「なんで——こんなにも多くの人が毎年死んでいったと思う?」
「……なあ。お前はさっきから何を——」
「ごめん。すぐ本題に入るから。だからこれだけ答えて。お願い」
「…………」
その真剣な表情に押されるように答えを考える。言葉にする。
どうして——自動車で人は多く死んでいったのか?
以上の問いを自己の中で反芻させ、また深く考える。深く思考する。
その答えは……きっと色々あるのだろうけれど、しかしそれでも、その本質はたった一つだろう。
俺は答えた。
「……自動車は」
「うん」
「『人』がコントロールするものだったから」
「うん」
「だから不安定になって無作為になって」
「…………」
「そして『人』を殺す兵器にもなった。成り得た」
「……うん」
「だから自動車が人を殺した理由は」
「…………」
「——それを『人』が運転をしていたから、ってことになる」
「…………そうね、その通りだわ」
「…………」
……なるほど。
彼女の言いたいことがようやくわかった。
ようやくわかって、わかったから、
だから俺は黙った。
黙って彼女を——睨みつけた。
その視線を真っ向から受け止めた彼女はしかし笑った。
「うん、ありがとう。答えてくれて。……そう。私も、そう思う」
ごめん。長くなって。
本当に申し訳なさそうにフランは頭を下げて、またゆるく笑顔になる。
それはとても可愛らしい——見事な作り笑いであった。
「じゃあその分、本題は単刀直入に言うわ」
一呼吸だけテンポを取るように呼吸を一つ置いて、そしてフランは続けた。
「——アルバ。今すぐ飛ぶのをやめて私のところに来なさい」
「…………」
「今すぐ昇級試験を受けて、私の部下として働きなさい」
「…………」
「来てるんでしょ? 通知書」
「…………」
「このご時世、上層部だってずっと人不足なの。あなたのような現場を知っている人間は喉から手が出るほど欲しいわけ」
「…………」
「あなただってわかってるんでしょ?」
「…………」
「あなたが、乗る必要はない」
「あれに人は——乗るべきじゃないの」
「…………」
「……だんまり、ね」
そう、じゃあわかったわ。
何かを諦めたように息をまた一つ吐いた彼女。
「もっとはっきり言ったあげる」
と、言葉の温度を少し高めた彼女の手は、反対に少し冷たい。
そしてそれがゆっくりと、しっかりと、何より優しく、膝に乗った。
俺の視線がその手に向いて、そしてそのままフランの顔に向く。
瞳はなぜか、少しだけ濡れている気がした。
「今すぐ空を捨てなさい」
でないと——
「あなた、アフィシオンに殺されるわよ」
その最後の言葉は、目的地に到着したことを示す通知音にかき消されて、だからよく聞こえなかった。
*****
「おっかえりー!」
「…………」
なんか出て来た。
いきなり家のドアから、飛び出て来やがった。
言っておくが俺は一人暮らしである。
成人を迎えてからこの年に至るまで、たったの一回だって誰かと生活を行なったことはない。
当然こんな愉快な声で出迎えてくれるセーラーエプロンツインテールロリ少女というとんでも生物と共同生活を行なっていた事実はないし、今後その予定もないわけだ。
だから。
だから俺は当然の疑問として、抗議として、非難として、一つの声をあげた。
「誰だお前」
「あっれー? ひどいなぁ、私のこと忘れちゃったのー?」
もしかしなくてもお姉やりすぎたなぁ〜。
いたずらが見つかった子供のような表情を浮かべながらくるりと一回転。
そのまま後ろに数歩だけ下がって、スカートの端を掴んであげた。
「ではでは。改めてご挨拶を——私の名前はミッツアミヌ。ポニーお姉の妹で、三姉妹の末っ子ですことよ?」
以後お見知り置きを——と、頭を下げたその一連の動きだけは、なぜか洗練されていて、どうしてかひどく腹が立った。
YプロリレーNo,4 西井ゆん @shun13146
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