見習い陰陽師と鏑坂高校陰陽部

愛乃桜

見習い陰陽師と人探しの依頼

 放課後、私─橘舞菜は掃除当番がある訳でもないからと足早に教室を出て部室に向かった。私が所属する部活は、部室棟二階の隅に部室を構えていて部員以外はあまり出入りをしない。

 それでも数ヶ月……または数日に一回、依頼を持って訪れる人がいる。

「あれ、舞菜。今日は早かったね」

「特に用事もなかったからね、どうせ暇だから早く来ただけだよ」

 部室に先に来ていたのは、同じ部員であり親友の中上桐乃。手持ち無沙汰なのか専門書を開いている。

「で、陰陽部唯一の一年生は?」

 専門書を読む訳でもなくただ開いていただけらしい桐乃は笑いながら私の目を見て答えた。

「担任の先生に呼ばれて遅れて来るってさ。部長も今日は来ないみたいだから特にやることはなさそうね」

「そうなんだ。ていうか、専門書読まないなら宿題でもやってればよかったじゃん。また明日の朝になって宿題教えてって言われるの嫌なんだけど……」

「そう言われると思って授業中にやっておいた!」

 偉いだろ、と胸を張る桐乃を見ていて心底呆れた。宿題は授業中にやるものじゃないだろう……。

 いちいち何か言うのも面倒になり、私は鞄の中から参考書とルーズリーフを取り出してさっさと勉強をする。陰陽部の活動はある特定の場合を除けばいつもこんな感じだ。

 鏑坂高校は文武両道、運動部もかなり有名であると同時に文化部もかなり有名である。そんな学校には変わった部活動が、ひとつだけある。それが私達陰陽部だ。

 鏑坂高校陰陽部。平安の世より伝わる陰陽道を行う部活動であり、生徒や先生からの依頼を受けることもある。最も、主な依頼は失せ物探しや人探しなどの一般的なもの。

 平安の世に実在していたとされる陰陽師と呼ばれる人。稀代の大陰陽師として有名な安倍晴明や賀茂忠行、賀茂保憲などといった辺りが有名である。

 陰陽道とは、古代の中国で生まれた自然哲学思考、陰陽五行説を起源として日本で独自の発展を遂げた呪術や占術の技術体系のこと。呪術は一言にするなら呪いや禁厭といったもの。これは人を呪い殺めるものだと勘違いしている人も世の中にはいるのかもしれないけど、実際は呪い以外にも種類はある。快癒の禁厭などと言った医療面でも使うことがあったりする。

 呪詛、現在では呪いと呼ばれるそれも、失敗すれば術の使い手に呪詛の効果が返ってきてしまう呪詛返しがあったりするため危険も伴う。

 子供向けで『○○のおまじない!』とか書かれている本を図書館や本屋でよく見るけどおまじないだって簡単に言うならば呪いだ。実際に行動したところで叶うかどうかはその人の力量次第だと言ってしまえば終わる。だけど、子供向けにそんな本があるとは世の中物騒な本が出てるんだなぁ……と変な方向に考え始めたところで目の前に座る親友の開く専門書が目に入った。

 ふと、思うところがあったから何となく訊ねてみる。

「桐乃、その専門書って禁厭の?」

「そうだけど、それがどうかした?」

「いや、あんたが禁厭の本を開くの珍しいと思ってさ」

「棚から適当に手に取ったらこれだっただけよ?」

「禁厭って、効果あると思う?」

「んー……まぁ、本業の人……言わば舞菜とか、そういう人がやったら効果はありそうだよね」

 まぁ舞菜はやらないんだろうけど、と言いながら彼女は笑う。

 彼女の言った通り、私の家は陰陽師の家系だ。家系とは言えど名門土御門の分家だからそこまで仕事が来るかと言われるとそんな訳じゃない。

 本家である土御門は彼の有名な安倍晴明の血を引く直系である。明治時代頃に安倍氏は土御門と姓を変えている。

「んで?なんで急に禁厭の話なんかしたのよ?」

 考えてると桐乃が身を乗り出しながら問いかけてくる。私が普段そんな事を聞かないのを知っているから余程珍しかったらしい。

「子供向けの本で、願いが叶うおまじない、とかいうのあるじゃん」

「あー……あれね、それがどうかしたの?」

「桐乃の言葉借りるなら、修行中とはいえ本業としている私からしたら、禁厭も呪詛のひとつなんだよ」

「まぁ、あの本はその筋の本職向けに出てるわけじゃないし気にしなくていいんじゃない?」

 私の言おうとした事を汲み取った彼女が笑いながら答えてくる。やっぱり、彼女も私と同じ答えみたいだった。

 子供の純粋な想いからこそ効果が出てしまう恐れがある、という不安はある。それでも成功した例はあまり聞かないから大丈夫だろう、と勝手に自己完結することにした。

 おまじない本の話から他愛のない話題に変わり、いつものようにただ話していると遠慮がちに部室のドアをノックする音が聞こえた。

「はい」

 私は椅子に座ったままドアの方を振り向き返事をするとカラカラと音を立ててドアが開き女子生徒がこちらを見ていた。上履きの色からすると多分、一年生。

「あの……陰陽部、ってここですか?」

「陰陽部ですが、なにかご用件でしょうか?」

 オロオロと彼方此方に視線を彷徨わせる彼女が答えるのを待つも、一向に答えが返ってこない。

「何も用事がないならここには来ないはずですが、本当にご用件は無いんですか?」

 突き放すような言い方で再び問いかけると、覚悟を決めたように彼女は真っ直ぐ私と目を合わせてから口を開いた。

「人を、探していて……ここなら見つけてくれるかもしれないと噂を聞いたのですが……。」

 一体、陰陽部は何でも屋とでもいう噂が全校生徒の間で流れているのだろう。よくよく考えてみれば最近は先生からも雑用を押し付けられる事が増えた気がする。そういう事か。

「人探しの依頼ですね、こちらにどうぞ。」

 依頼という事なら話は別だ。私は扉の前から退いて彼女を部室内に招く。

 依頼を受けても、必ずしも完全に解決できるとは限らない。ものによっては、手を貸す程度の事しか私達にはできない事だってある。

 それでも私達陰陽部に訪ねてきてくれた彼女は、きっと手助けが必要なんだろう、と予想をしてみる。

 彼女と向かい合って椅子に座ると、早速彼女の方から口を開いた。桐乃は空気を読んでどこかに行ったらしい。

「あの、私は一年の藤塚桜弥と言います。二年の、橘舞菜先輩ですよね……?」

「うん、そう。ここには他に部員がいるけど話を聞くのは私でいいの?希望があれば連絡取るけど……。」

 そう言って、念の為に確認すると桜弥は全力で首を縦に振っていた。

 私以外には出来ない話、という事だろうか。私の家が陰陽師の家系だと知っている人は、限られてくる。

「ここに来る前に一度、母に相談したんです。

そうしたら、陰陽部に知り合いの娘さんがいるって言うからその人に話してご覧、って言われて……。」

「それが、私って事か。藤塚さんさ、人探しって言ってたけど誰を探してるの?」

 グダグダと話していても本題に入れない気がして、サッサと話を進める。大方、母様の知り合いなのだろう、と適当に思っておく。

「桜弥で大丈夫ですよ、橘先輩。」

「わかった、それで桜弥の探してる人は?」

「ええと……幼馴染なんですけど、昔家の都合で引っ越しちゃったんです。」

 その後桜弥の話を聞く限り、幼馴染の子は高校入学を機にこの街へと帰ってきたと言う。

 聞き出した分の情報だけでは少し心許なく、少し自分で調べるか、と今後の予定を頭の中で組み立てておく。

「……ところで、その幼馴染の子が帰ってきたって言うのは、誰から聞いたの?」

「お母さんからです。先日私が出掛けてる時に家に挨拶に来たらしいんです。お父さんがまたこの街で仕事するらしくて家族で引っ越してきたって言ってました。」

 ただ私は会ってないので本当なのかは分からないんですけど、と彼女は苦笑いした。

「あともう一つ聞きたい事があるんだけど、桜弥はその幼馴染の子が好きなの?」

「な、何でそう思うんですか?」

「んー……これは私の推測だけど、桜弥が幼馴染の話をする時に頬が少しだけ赤くなるの。だから相手は男の子なんじゃないかと思ってさ。で、その男の子の事が桜弥は好きなんじゃないかなって思ったから聞いてみたんだけど……。違った?」

「……違わないです。私は時弥の事が好きですよ、男の子として……。」

 予想通り。そして相手の子の名前も聞き出せた。これで少しは調べやすくなるかもしれない。

 まぁ、いつも情報くれるのに聞くとなると名字もわからないと駄目かもしれない。

「その、時弥君の名字って覚えてる?」

「ええと……月谷です。月谷時弥って言います。」

 ─ツキタニトキヤ。

 私は、その名前を知ってる。知ってると言うよりも身近にその名前の子がいた気がする。

 少し動揺した事を悟られないように桜弥に向けて微笑んで答えた。

「そっか、ありがとう。少しこっちで調べたりしてみるから桜弥もまた何か分かったら教えてくれる?」

「分かりました! お願いします」

 その後、少しだけ話をして桜弥は部室から出て行く。入れ違いに桐乃が帰ってきた。

「お帰り、桐乃。お茶いる?」

「ただいま! じゃあ私もお茶もらおうかな……」

 部室に置かれてるポットからマグカップにお茶を注いで、席に着いた桐乃の前に差し出す。

「あの子さ、何の依頼だったの?」

「んー、人探しみたいだよ。幼馴染の男の子探してるんだって」

「へぇ……。その男の子の名前とか聞いたの?」

 席に着いてお茶を飲もうとマグカップを口許に運んでいた手が一瞬止まる。その一瞬を、桐乃は見逃さなかった。

「聞いたんだ?」

 聞いた、と分かっていながらも確認するように私に問いかける。

「……聞いた。」

「誰だったの? ただ聞いただけじゃそこまで渋らないよね。」

「月谷時弥だよ。」

 名前を聞いて、桐乃は彼女は首を傾げる。月谷という名字に引っ掛かりを覚えたらしい。

「月谷って確かさ、舞菜のお母さんの旧姓……。」

「そう、月谷時弥は母方の従弟だよ。」

「その時弥君があの女の子の探し人?」

「いや、分からない。詳しい事はこれから探るつもり。」

 月谷家に関しては私も知らない事が多い。母様中心に話を聞きながら探っていくのがベストかもしれない。

「んで、その時弥君は確か舞菜の一つ下、だっけ?」

「そう、桜弥と同い年。」

「あの女の子、桜弥って言うんだね」

「で、その桜弥ちゃんの話聞いて何か心当たりは無かったの?」

「ある事には、ある。」

 確か一ヶ月前に、月谷家の人が来た気がする。私は桐乃と出掛けてたから知らないけどもしかしたらその話だったのかもしれない。

 私が帰った時はちょうど伯父が帰るところで、母様の顔が少しだけ強ばってたような気がする。どんな話をしたのか、少しだけ引っ掛かる。ただ帰ってきた事に対する挨拶だけならあんなに強ばった苦しそうな顔を母様がするはずが無い。

「舞菜、考え込んでるところ悪いんだけど下校時刻だよ。」

「え、もうそんな時間?」

「随分と考え込んでたみたいだけど、何か引っ掛った?」

「この間、伯父様が家に来たの。桐乃と出掛けてた時だったんだけど帰りにちょうど会ってさ……。母様の顔が苦しそうに強ばってたから何の話したのか引っ掛かってて……。」

「苦しそうに強ばってた、ねぇ……。その時弥君が帰ってきてる事と関係が無いとは思えないよね。」

「そうなんだよね、何かがある気がする。」

 そんな話をしながら歩いていたら昇降口に着いていて、靴を履き替える。外に出ると、まだ少し冷たい風が頬を撫でる。

「時弥君に何かあったか、その伯父さんに何かあったか、の二択じゃないかな?」

「私も、そう思う。だけどそれだけじゃ情報が足りない。」

 何かを決めるには圧倒的に情報が足りなさすぎる。だから、二択までは絞れても確信までは持ち込めない。

「そういえばさ、気になる事があるって前に言ってたけど何だったわけ?」

「最近さ、夜に占の練習してるんだけど……星見してた時に一つだけ星が翳った気がした。昔と違うから誰か、とまではわからないけど誰かの命の灯が消えかかってるような、そんな感じだった。それと、定まらない星が一つ。今回の件と繋がってる気がする。」

「その繋がってる気がするって言うのは、陰陽師の勘?」

「私の勘。だから、まだ何とも言えない。」

 この時、私は勘が当たるなんて分からなかった。本当に、ただの勘だったから。

 桐乃と別れて家に帰る。家に入ってすぐ、母様のいる今に向かった。

「ただいま、母様」

「お帰りなさい、舞菜」

「聞きたい事があるんだけど、今大丈夫?」

「大丈夫よ、何が聞きたいの?」

 鞄を横に置いて母様の前に座り、真っ直ぐ目を見て口を開いた。

「……一ヶ月前に、月谷の伯父様が来たでしょ? 何の話だったの?」

 直球でそう問掛けると、母様の顔が少し強ばった。何かあった事に、間違いは無い。

「どうしてそれを聞くの?」

「あの日の母様、苦しそうに顔が強ばってたから。伯父様との話と関係があるんじゃないかと思って。」

「……そうね、しばらくしてから話そうとは思っていたのだけど今話してもいいかしら?」

「聞いたのは私だから、話して欲しい。」

「そうね……時弥君に残された時間が、あと一年しかないらしいの。兄さん達は、時弥君の病気を治す為にこの街に帰ってきたって言ってたわ。」

 時弥に残された時間が、あと一年。私は思わず息を飲んだ。桜弥はその事は知らないみたいだったし、その事を伝えたらどうなるんだろうか。私でさえ驚いたのだから、あの子も驚くかもしれない……。驚くだけじゃなくて泣くかもしれない……。

 母様の話曰く、時弥は鏑坂高校に在籍しているものの万が一に備えて自宅療養しているらしい。そのため学校には来てないとか。そして、大きな病院で治療を受ければ治るかもしれない。しかしその可能性はかなり低いという事。

 治るかもしれないのなら、何故時弥は病院で治療を受けないのか。生きたいのなら治療を受ける事に賛成する。考えられるとしたら、治る可能性が低い事が関係しているはず。

「確認なんだけど、時弥は治療を受けないって言ってるって事で認識はあってる?」

「ええ、時弥君は兄さんが治療の話をした時に拒んだらしいわ。」

「わかった。教えてくれて、ありがとう。」

 話を切り上げ、荷物を持って自室に入る。

─時弥は伯父様が治療の話をした時に拒んだ。

 そこから考えられる理由は二つ。一つ目は、可能性が低いから受けて死んだ時に後悔するかもしれない。二つ目は、最初から治療を諦めて忘れて欲しいから。

 忘れて欲しいのは誰に?恐らく、幼馴染の桜弥だろう。従姉である私が忘れる事はほとんどありえないと分かっているからかもしれない。

 じゃあ何故、桜弥に忘れて欲しいのか。確信は無い。だけどあるとしたらこれくらいの理由しか思いつかない。

「まさか……ね……。」

 自分で導き出した仮説に自嘲気味に笑う。ありえない、でも今の情報だけじゃこれくらいしか仮説が立たない。母様から予想以上に情報を貰ったから、天将達に探らせてもあまり手に入る情報は無いだろう。それでも、少しでも多くの情報が欲しい。ふと、人ならざるものの気配を感じてそこに視線を向ける。

「……騰蛇、いる?」

 何もいない空間に向けて呼びかける。すると、何も無い空間から一人の男が姿を現した。

 ─十二天将火将、騰蛇

それが、私の前にいる男の名前。六壬式盤に書いてあり安倍晴明の従えていたといわれる式神の一人。

「何の用だ?」

 私の前に立った騰蛇を見上げ、私は姿勢を正した。

「少し、調べて欲しい事があるの。時弥の事について少しでも多くの情報が欲しい。お願いできる?」

「構わないが、お前の護衛はどうするんだ?」

「あー……。別にいなくても平気だよ。」

 普段は、もしもの時に備えて十二天将最強の騰蛇が護衛として付いてきてくれている。もちろん隠形して。その騰蛇に調べる事を頼むとなると護衛がいなくなる。恐らく騰蛇が危惧しているのはその事だろう。はっきり言うとそこまで考えてなかったし、別にいなくても大丈夫だろうと思っていた。

「……考えてなかったわけか。」

「昔じゃないんだし、今は早々妖異が出てくるとも思えないしいいじゃん。」

 呆れた顔で私を見下ろす騰蛇に思わず思ってる事を言ってしまう。うっかりこんな事を昔にも零した。その時には膝詰め説教されたのに私は学習しないのか。

「……もう一人、調べるのに六合を連れていく。だからお前は勾陣を連れていけ。」

「護衛無しはダメ?」

「ダメだ。」

「わかったよ……。じゃあお願いね」

「分かった。」

 私が渋々返事すると、騰蛇は再び隠形した。しばらくするとその気配が消える。早速、六合と調査に行ってくれたらしい。

「勾陣、いる?」

 また何も無い空間に呼びかけると、新たな気配が降り立ち、勾陣が姿を現す。

「どうかしたか?」

「騰蛇と六合に調べ物頼んだから、帰ってくるまで勾陣に、護衛してもらえって言われた。」

 事情を話すと納得したように頷き、私の隣に腰を下ろした。

「それで、何を思い詰めたような顔をしている?」

 勾陣は全て見抜いてたらしい。私が何を思ってるかまではわかってないらしいけど、それでも気付いたみたいだった。

「時弥が、治療を拒んでるって……。残された時間が一年だって……。」

「それで?」

「……その、時弥に会いたいって女の子から依頼を受けた……んだけど、話すべきなのか分からなくて、どうしよう」

「その子のためを思うなら、伝えるべきだろうな。時弥が何故治療を拒んでいるのかは分からないが理由があるんだろう?」

「うん……。」

「ならばお前がどうしたいか、じゃないか?」

 勾陣のその一言で、悩んでたのが馬鹿馬鹿しく思えた。

 私がどうしたいか。そんな単純なことに聞けなかったのが恥ずかしい。

「ねぇ、勾陣。二人にさ、やっぱり調べなくていいって言ってもらっていい?」

「了解した。」

 そう言うと勾陣は姿を消した。二人を追いかけたのかも。

 勾陣を見送って私は、桜弥に電話をかける。念の為に連絡先を聞いておいてよかったかもしれない。

『もしもし』

「もしもし、橘です。」

『舞菜先輩ですか? もしかして何かわかったんですか?』

「時弥の事なんだけど、明日話がしたいの。大丈夫?」

『わかりました、放課後に陰陽部にお邪魔します。』

 連絡事項だけ伝えて電話を切る。次に私は時弥にメールを送った。明日の放課後、家に行くから起きてるようにという連絡。

 私は、二人を会わせるだけ。あとは当事者二人にどうにかしてもらうしかない。

 そのまま明日の支度をしてから占の練習を一回だけして眠ることにした。


 翌日の放課後、陰陽部の部室に桜弥が姿を現した。

「舞菜先輩、何かわかったんですか?」

「行きながら話すから、靴履き替えてこよう。」

 靴を履き替えて昇降口で落ち合い、門をくぐってから私は口を開いた。

「まず、時弥は私の従弟なの。帰ってきてるって件なんだけど、それは見てもらった方が早いかと思って今から時弥の家に行く。」

「あの……、時弥君、何かあったんですか?」

「病気だって。私も昨日知ったの。」

 歩きながら話をした。時弥が治療を拒んでいる事も伝えた。

 桜弥はただただ無言で話を聞いてた。時々口許に手を運んで驚きを隠せない様子も見せながら。

 しばらく歩くと、月谷の家が見えてきた。時弥には連絡したし、伯父様にも連絡したからきっといるとは思う。

 私は躊躇わずにインターホンを押して、伯父様が出てくるのを待った。

「久しぶり、舞菜。時弥なら部屋にいるよ」

「お久しぶりです、伯父様。ありがとうございます。」

 簡単な挨拶をして、桜弥と共に時弥の部屋に向かわせてもらう。

「時弥、入るよ」

「……どーぞ。」

 扉を開けて、ベッドで起き上がっている時弥を見て、本当なんだと気づいた。

「桜弥が時弥に会いたいって言ってたから連れてきた。あとは二人でどうぞ。」

 それだけ言って私は家に帰った。あとはあの二人次第だと思ってる。私に出来るのはここまでだから。


 数日後、桜弥がまた部室に来た。私の顔を見て少しだけ顔を綻ばせた。

「舞菜先輩、ありがとうございました。時弥君、治療受けてくれるみたいです。」

「そう、よかった……。」

「それを伝えに来ました。」

「よかった、時弥にもよろしくね」

 これにて一つの依頼を解決した。そして、平穏な日々が訪れた。当たり前でありながら当たり前でない日々。

 今日も部室ではいつものように雑談が繰り広げられている。

 そこで、遠慮気味にノックされる音がして扉が開いた。

「あの、陰陽部ってここですか?」

 新しい依頼主の子だ、とすぐにわかった。そして、微笑みながら私は答えた。

「ようこそ、陰陽部へ!」

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見習い陰陽師と鏑坂高校陰陽部 愛乃桜 @sagirimasana

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