逆恨み
明らかに棒術の心得があるといった動きだ。
両手を使い、二メートルもの棒を体に沿って滑らかに回転させる。
威嚇するように右脇へ抱えて見得を切った。
素手の山高は誰が見ても分が悪い。
包帯の男は中段に構えたまま、じりじりと右に回りながら間合いを詰めようとする。
それを拒むように山高もゆっくりと右へ動く。
先に仕掛けたのは男の方だった。
いきなり踏み込むと右から振り下ろす。
山高は左に回り込み、かわされた棒が床を打つ。
男は素早く切り返し、棒を半回転させ左下から斜め上へと薙ぎ払う。
上半身を逸らすように後ろへステップして避ける山高。
ギャラリーたちもさらに後ろへ下がり、二人の勝負を見守る。
山高が鈍色の左手を顔の前に掲げた。
右手を軽く握りあごの下に構え、小刻みなリズムをとるように
「ほぉ、ボクシングスタイルか」
スーツの男が楽しそうに声を掛けた。
「こいつの棒術はタイマン用だよ。せいぜい気をつけるんだな」
返事をする余裕は、今の山高にはない。
男から視線を外さずに上体を動かしながらステップを踏む。
再び男が襲い掛かる。
さっきと同じように右から打ち下ろしてきた攻撃を、今度も左に避けた――誰もがそう思ったとき、棒がさっと伸びてきた。
「うぅっ」
右肩を突かれて山高が呻く。
包帯の下で男の目が笑っている。
打ち下ろすと見せかけて左手で棒を押し出し、突き攻撃に切り替えていた。
まるでビリヤードでキューを突くようなトリッキーな動きだ。
男は前への圧を強める。
ステップを踏みながら後ろに下がり、距離を取ろうとする山高を逃がさない。
上段からの攻撃で畳みかける。
また左へ回り込んだ山高だが、さっきの攻撃を意識したのかステップが小さい。
一撃目をかわしたものの切り返しを右上腕に受けてしまった。
「ぐぁっ!」
痛みに顔を歪める。
続く三撃目はバックステップでかろうじてかわした。
流れは包帯の男へと傾いている。
スマホの着信音が流れた。
スーツの男は画面に目をやり、軽く舌打ちしながら通話を始める。
二人の戦いは途切れない。
男は中段に構え直し、ゆっくりと山高へ圧を掛けていく。
間合いを保ったまま壁際まで追い詰めた。
ここで決める。
そう思ったに違いない。
山高の動きを見ながらいつでも突きに変えられるよう、右から振り下ろす。
そのとき、山高が初めて右へと動いた。
素早く身を低くして頭をガードしながら相手の間合いへ一気に飛び込む。
左へ避ける先入観があったのか、男の動きが一瞬遅れる。
打ち下ろしたときには既に懐に入られていた。
棒術は遠心力を利用するため、間合いが近いと威力は半減以下となる。
その攻撃を鈍色の左手ではじき返す。
がら空きとなった包帯男のあご目がけて、山高は渾身の右拳を振り上げた。
「うがゃあっ!」
声にならない声をあげ、男は膝から崩れ落ちた。
骨折していた箇所を殴られてはひとたまりもない。
「
みまもっていた奴らが怒気をあらわに山高を取り囲む。
「
面白くなさそうにスーツの男が怒鳴った。
さきほどまでの機嫌のよさが嘘のようだ。
勝負の結果に腹を立てているわけではないらしい。
「
指示された部下たちも戸惑いを隠せない。
「
大声を張り上げると、右腕を押さえている山高へ歩み寄った。
「うちのリーダーがお前と話したいことがあるそうだ」
ぶっきらぼうにメモを差し出す。
「そこへ十一時に行け。あの人も気が短いから、遅れるなよ」
「帰りは送ってくれないんですか」
半身のまま、スーツの男は低い声で答える。
「山高、またちょろちょろと嗅ぎまわってると次はこんな甘くはないからな。覚悟しておけよ」
それだけ言い残し、振り返ることなく倉庫を後にした。
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