龍頭団

 改札を通り地下道へ出た。

 案内板の時計は二十時五分を表示している。

 エスカレーターは黙々と人々を地上へ押し出していく。

 闇をまとった冷たい風が男の横を勢いよく通り過ぎて行った。

 少し浮きあがった山高帽を右手で押さえる。

 交差点に立つと、高層マンションやショッピングセンターが威圧するかのように見下ろしている。

 古い街の面影はわずかしか残っていない。

 それでも時折ながれてくる潮の香りとともに、生活くらしの匂いがここにはあった。


 家へと向かう人の流れに沿い、大通りを渡る。

 左へ曲がると、運河沿いのマンション群が見えてきた。

 一人、また一人と、道行く影が少なくなっていく。

 向こうから歩いてきたスーツ姿の中年男性とすれ違った。

 と思った、その時。

「静かにしろ」

 ジャケット越しに硬い金属を押し付けられたのを男の背中が感じた。

 すぐに両脇へ見知らぬ男たちが駆け寄る。

「そこを曲がれ」

 促されるまま横道へ入ると見覚えのある黒いミニバンが停まっていた。

 塾帰りなのか、自転車に乗った小学生がこちらへ向かってくる。

 男たちに近づくと不思議そうな視線を送る。

 真ん中にいる山高帽の男と目が合った。

 彼が微笑みかけると、男の子はそのまま走り去った。

「乗れ」

 後部座席の中央へ押し込まれる。

 スーツの男はもう拳銃を隠そうともしない。

让车出发車を出せ

 ミニバンが静かに動き出した。


 十五分ほど走り、降ろされたのは海沿いの倉庫街だった。

 大きな鉄扉の横にあるドアから中へ入る。

 積み上げられた木材と三人の男が待っていた。

 一人は顔に包帯を巻いている。

 山高帽の男は椅子に座らされ後ろ手に手錠を掛けられた。

 その周りを七人の男が取り囲む。

「随分と余裕じゃないか」

 スーツの男は流暢りゅうちょうな日本語を話す。

「私を殺すのが目的なら、こんな悠長なことはしないでしょうから」

 落ち着いた口調で続ける。

「すっかり油断していました。まさか、あの場所が分かるとは」

「我々を甘くみない方が良い」

 スーツの男も椅子に腰を掛けた。


「山高と呼ばれているそうだな。お前は何を調べている?」

「別に何も」

 右前に立っていた男が、山高の顔を殴りつける。

 彼を拉致するときにもいた男だ。

「もう一度聞く。何を調べているんだ」

「あんたたちが何者か調べただけです。この前ちょっとトラブルに巻き込まれたのでね」

 包帯の男をちらりと見やる。

 奴の眼は激しい敵意を放っていた。

「そうか。じゃあ、なぜ警察サツの奴らがお前の所へ行く?」

「あんたたちと同じことを聞きに来たんで、同じことを答えてやりましたよ。どうせなら一緒に来てくれれば手間が省けるのに」

「山高。お前、自分の立場が分かっているのか?」

「ええ」

 スーツの男と目を合わせながらニヤリと笑う。

「私の行方が分からないとなれば、真っ先に疑いの目が向けられるのはあんた達だ。警察にとっては強制捜査を行う口実にも使える」


 少し間をおいて反応があった。

「なるほど」

 スーツの男が立ち上がる。

「だから俺には手を出せないだろ、ってことか。さすが、大企業を相手に危ない橋を渡って来てるだけの度胸がある。だがな、道理が通らないこともあるんだよ」

 取下手铐外してやれ、と部下に指示を出す。

 包帯の男も目顔で促されて壁に立てかけてあった二メートルほどの棒を取りに行く。

「お前を帰すにも黙ってこのままと言う訳にはいかない。分かるだろ」

 手錠を外され立ち上がった山高へ、今度はニヤリと笑い返した。

 周りを囲んでいた男たちは数歩後ろへ下がる。

 入れ替わりに包帯の男が棒を持って進み出た。

 それを見やりながら山高帽を取り、椅子の上へ置く。

 ジャケットを椅子の背に掛け、マフラーをほどく。

 細身ながら筋肉質の体がシャツ越しにも分かる。

 黒革の手袋を外すと、鈍色にびいろに輝くステンレスの左手が現れた。


「あごを砕かれた恨みを晴らしたいそうだ」

 スーツの男に紹介され、包帯の男が両手に持った棒を上段に構える。

 そのまま振りかぶるように床へ打ちつけた。

 乾いた音が響く。

 それが合図となった。

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