第3章 夢の賞味期限 parallel world
見斗が目を覚ますと、そこはまるで異次元のような世界だった。
駅のプラットホームにも似たデッキがあちこちにあり、
乱立した立体パネルには、いろんな時代の自分が映っている。
気が付くと、目の前にとうもろこし屋のおやじが立っていた。
彼は、威厳のある声でこう言った。
「ここは次元の狭間、ターニングポイントじゃ。自分の人生を選び直す事が出来る。おまえがここに来るのは、2度目じゃな。」
見斗の魂は全てを思い出した。このとうもろこし屋のおやじは、実は 近所の神社の 神様だったのだ。
見斗は、かしこまりながら 丁寧に答えた。
「そうです。前回来た時には、今までの記憶を持ったまま、高校1年生からやり直させて頂きました。」
「その記憶のおかげで、ロト6は当たったが、涼子からはストーカー扱いされたんじゃったのお。」
「その通りです。本当に辛い人生でした。できればもう1度やり直させて下さい。」
「・・よかろう。今度はどのデシャブーポイントまで戻る?」
「前回同様、高校1年生からお願いします。」
「うむ、今度は それ以降の2つの人生の記憶は消して行った方がよいと思うぞ。」
「それでも、また涼子と出会う事はできるんですか?」
「できるとも、脳の記憶からは消えても、魂の記憶にはちゃんと残っておる。おまえと涼子は、必ずあのテニスクラブで出会うことになる。いわゆる『赤い糸』というやつじゃ。もちろんその糸を切るか 結び直すかは お前たち次第じゃがな・・」
「そうですか。涼子とまた結婚できれば、それだけで充分です。では、記憶を消して、2度目のやり直しをお願いします。」
神様は、見斗を見おろしながら、哀れむような声で言った。
「いや、やり直しても涼子がおまえを選ぶとは限らんぞ。あのテニスクラブは、涼子のデシャブーポイントだからな。」
「えっ? 涼子も何度か人生をやり直しているんですか?」
見斗の頭の中は混乱してきた。
「まあそれについては、女性を担当している私の妻から話すことにしよう。」
神様がそう言うと、とうもろこしの隣りの屋台で、チョコバナナを売っていた老女が現れた。
「涼子ちゃんの事はよく覚えているわ。彼女が最初に結婚したのはミュージシャンよ。夫が浮気ばっかりしてるから、むしゃくしゃして私の売っているチョコバナナをお腹いっぱい食べたのが このターニングポイントに来るきっかけだったわ。
そこで、2度目の人生をあのテニスクラブからやり直したの。その時は お金持ちの社長と結婚したわ。でも彼は仕事とお金に夢中で、涼子ちゃんをあまり大事しなかったの。
3度目からは、記憶を消してやり直したわ。その時、あなたが選ばれたのよ。その理由は、彼女の魂の記憶に「チャラ男や事業家はお断り」と、刻まれていたからだと思うわ。
そして、4度目の人生では、結婚しない事を選んで一人で過ごしたの。ストーカーにも苦しんだみたい。」
見斗は頭の中を整理しながら、神妙な顔つきで尋ねた。
「つまり、僕がまたあのテニスクラブに行っても、涼子の魂の記憶に残っている限り、彼女に選んでもらえる可能性は低いという事なんですね?」
「その通りよ。」
打ちひしがれた見斗に、神様が、慰めるような声で言った。
「わかったじゃろ? もしやり直すなら、次は他の娘を選んだ方が賢明かと思うぞ。」
見斗は、崩れ落ちるように両肘をつくと、地面に頭をグリグリと擦りつけながら、大声で泣き出した。
「どうしても・・。どうしても、涼子でないとダメなんです・・ううっ。」
奥さんは 神様に言った。
「あなた。ちょっとやり過ぎじゃないの?」
神様は、
「うむ、お灸が効きすぎたかのお。」と笑いながら、
コホンとせき払いをして 見斗におっしゃった。
「今のお前には3つの選択肢がある。
1つ目は、涼子の夫に戻る事。
2つ目は、ストーカー人生を続ける事。
3つ目は、新たな人生をやり直す事。
さあ、どれにする?」
見斗の体は ピクっと一瞬固まった。
そして、「えっ!」と発した後 、呼吸を再開し、
すがりつくような目で神様を見上げた。
次に、深々と土下座をすると、ブルブルと震えながら
「1つ目でお願いいたしますうぅっ・・」
と、お腹の底から 声を絞り出した。
奥さんは神様に聞いた。
「なぜ、最初から その選択肢を出してあげなかったの?」
神様が答えた。
「こ奴が 最初から、『やり直いたい。やり直したい』の一辺倒じゃったからのお、選択肢を出す機会を逸してしまったのじゃ・・ まあ、人の話はよく聞いてから判断しろという事じゃな。」
奥さんは見斗に言った。
「でもね、1つ目の選択肢が残っていたのは、涼子ちゃんがあなたを選んでくれたからなのよ。感謝しなくっちゃね。」
見斗は 涙をぬぐいながら聞いた。
「えっ! 涼子のターニングポイントって いつだったんですか?」
「ちょうど1年前のお祭りの時ね。」
「あっ! 自分が仕事を辞めようかと、一番悩んでいた頃だ・・」
「あなたが、いつもため息ばかりついていて、暗くてしょうがない。しかも自分に何も話してくれないって、相当ストレスを溜めてたわよ。」
「それで、チョコバナナを 腹一杯に食べて・・。」
神様の奥さんは、誇らしげに言った。
「彼女がもう一度人生をやり直そうか、今までの4つの人生の続きを選ぼうか、悩んでいたから、私があなたとの生活に戻るようにアドバイスしてあげたのよ。」
見斗は、深々と頭を下げながら言った。
「本当にありがとうございました。もう2度と涼子を 悩ませないようにします。」
神様は、優し気に 見斗に言った。
「今の言葉、しっかりと魂に刻んでおけよ。元の生活に戻ったら、ここでの出来事は、全て記憶から消えるからな。」
-----------------
見斗は、もう一度 目を覚ました。
目の前には、トウモロコシの芯が何本も並んでいた。
「あらっ。やっと起きたのね」と言ってくれたのは、大好きな涼子だった。
「あれっ? ここは・・!」見斗は周りを見まわした。
「何言ってんの? あなたと私の家じゃない。」涼子はあきれた顔をした。
「りょっ、涼子ぉ~~っ!」見斗はギュッと涼子を抱きしめた。
「何っ? どうかしたの?」
「夢を見たんだ。 涼子に嫌われて 会えなくなる夢を・・。」
「あはは、そのうち正夢になるかもね?」
涼子はいつもと変わらない笑顔を見せてくれた。
「なあ、涼子。おれ、定年まで今の仕事続けるよ。」
「何?急に? 早期退職して事業始めるって言ってたじゃない?」
「だってお前、本当はそれに反対なんだろ?」
「あら、よく分かったわねえ。だって、事業が忙しくなったら、私の事は あまりかまってくれなくなるでしょ? それが嫌なの。」
「うん。おれも涼子と一緒に居られる時間をうんと大事にしたい。だから、事業を起こすのはやめるよ。」
「じゃあ、それにあてるつもりだった退職金の使い道はどうするの?」
「二人で世界一周旅行なんてどうかな?」
「まあ、素敵! それまでに あなたの気持ちが変わらない事を祈るわ。」涼子は心から微笑んだ。
「とにかく、おれと結婚してくれてありがとう。」
「はいはい・・ でも、本当にとうもろこしを食べてから変よねぇ。」
「そうか? おれは何だが、スッキリした気持ちだけど。」
涼子を見つめる見斗の眼差しは、以前よりも大人に見えた。
<キャスト>
見斗(みると) :みるい(静岡方言=未熟な)ひと、
夢見る少年、ミルトンにも由来。
涼子(りょうこ):良い子、涼し気=クール
モデル広末ではない。どちらかと言えば米倉
園子(そのこ) :あの子、どの子?→その子。
英子(ひでこ) :A子
美子(よしこ) :B子
夢の賞味期限 梨木みん之助 @minnosuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます