第2章 夢の賞味期限 another side

見斗が玄関を出ると、すぐそばに2軒の屋台があった。

そこでは、人生の全てを見て来たかのような お爺さんが、

とうもろこしを1本1本 ていねいに焼いていた。


ぎっしりと詰まった黄金色の粒に、醤油ダレを塗るたびに、

刷毛から落ちた滴が、炭火の上で ジュワーッという音をたて、香ばしい匂いを 辺り一帯に漂わせていた。


見斗は、とうもろこしを7本買うと、すぐに家に持ち帰り、

手を洗うのも忘れて、アツアツのうちに齧りついた。


昔と全く変わらない この味・・


少年時代の思い出が 胸に蘇ってきた。

1台しかない扇風機。氷入りの白い乳酸菌飲料。蚊取り線香・・

あの頃に戻って、もう一度人生をやり直したいなぁと思った。

もちろん 今の記憶は忘れたく無い。

どんな人生を歩もうとも、また 涼子と結婚したいのだ。


「お腹一杯になるまで、焼きとうもろこしを食べたい」

という長かった夢は、たった5本だけで満たされてしまったが、

見斗は 満足げな笑みを浮かべると そのまま眠ってしまった。


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しばらくして 目が覚めると、そこは教室だった。

真新しい学生服を身に着け、1人1分間のスピーチをしている。

この光景には見覚えがある! 高校1年生の初日だ。


えっ! 何なんだ? これは 夢なのか?


いや、夢にしては、何だか生々し過ぎる。

いったい どうなってしまったんだ?

と、思っている間に 自分の順番が回ってきた。

とりあえず、何か言っておかないと・・


「僕は 将来、人の為になる会社を立ち上げたいと思います。」

「いや、それよりも大事なのは、30歳位で 運命の人と出会って結婚する事です。」


半ば 寝ぼけていたせいか、言わなくていい事まで言ってしまった。

大ウケしたという歴史は変わらなかったが、

スピーチの内容が全く違う・・ 

これが夢でないなら、過去を変えてしまった事になるのだろうか?


高校デビュー1日目が終わり、

当時使っていた自転車に乗って 家に帰った。


昔のままの夕食。 懐かしいテレビ番組。 いつも使っていた布団。

何もかもが 感慨深すぎて、その夜は なかなか寝付けなかった。


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翌日が来ても、鏡に映る自分の姿は高校生のままだった。

涼子に関する記憶も、全て 夢だったのだろうか?

いや、それだけは 絶対に認めたくない。


見斗は、涼子と初めて会った日と場所を 紙に書き、

それを大切に保管する事にした。


あのテニスクラブにだけは、何があっても 必ず行く!

逆に考えれば、それまでは 何をするのも自由だ。

だとしたら、あの悲惨な高校生活を繰り返すつもりはない!


端正な顔立ちに、今回は 大人っぽい雰囲気まで備えた見斗は、

前回よりもさらにモテた。


やはり、女子高生たちは みんなカワイイ。

この夢のような状況で 興味が無かった事が不思議だ。

さあ、2度目の青春をどの娘と過ごしてみよう?

この後、告白される予定の 英子でも、美子でもいいが、

せっかくだから、ダメ元で 園子から行ってみよう!


見斗は、違うクラスを覗いて 園子を見つけると、

その日のうちに告白した。


返事は 即OKだった。

前回は何が足りなかったか? という問題では無かった。

全てはタイミングだったのだ。


打って変わって、見斗の高校生活は楽しいものになった。


園子とは、1年生のうちに初体験を済ませた。

憧れていた青い果実は、例えようもなく美味しかった。

俺が、泣きながら失恋の歌を作っていた時に、

園子と彼氏は、こんなに気持ちのイイ事をしていたんだ・・。

今頃になって腹が立ったが、責めるべきは過去の自分だ。


しかし、そんなに好きだった園子でも、

涼子の代わりには なれなかった。

見斗は、たった1年で 園子と別れると、

2年生の時は英子、3年生の時は美子と付き合った。


「この人生、やり直して 本当によかった。

モテる奴は、余裕とテクニックを身に着け、更にモテる。

金のあるヤツの所に、更に金が集まってくるのと同じだ。」

・・そう思える見斗は、既に 以前の彼とは別人になっていた。


カネといえば、見斗には やり直したい事がもう1つあった。

それは、18歳の誕生日を記念して、初めて買った ロト6だ。

前回は 6つの数字のうちの4つまでが合っていた。

その記憶に間違いが無ければ、今回は1等が当たる!


見斗の記憶は間違っていなかった。

彼は思惑通り、3億円もの大金を手に入れた。


大学生活は、高校生活よりも 更に快適だった。

「お金は 俺が出すから、いっしょに海外旅行に行かないか?」

と誘えば、女子大生は ホイホイと連いて来た。


もちろん、アルバイトなどする必要もない。

卒業したら2億円を資本に、事業を創める予定の見斗は、

就職活動に忙しい友人たちを横目に見ながら、

4年間の大学生活をエンジョイし尽くした。


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大学を卒業した見斗は、「介護付有料老人ホーム」と「私立こども園」

とを合体させた施設を何カ所にも作った。

夜間でも利用可能な保育施設に子供を預け、介護施設で働ける

という好条件に、優秀な人材たちが集結した。


施設で暮らす お年寄りは、子供たちの所に遊びに行き、

英才教育を受けた子供たちは それを楽しみに待った。


利用希望者は増え続けるばかり・・

見斗の起業は大成功し、その後も多方面にと事業を拡大した。


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あっという間に、充実した10年が過ぎ、

見斗は30歳を迎えようとしていた。


あとは、涼子と結婚するだけだ。

これで全ての夢が完結する。


見斗は、筋トレで体を引き締めると、流行の服に身を包み、

運命のテニスクラブの飲み会に参加した。


そこには、かって 出会った時と 全く変わらない涼子がいた。

見斗は、じっと涼子の目を見つめた。

しかし、前回と違い、涼子は不愉快な顔で目をそらした。


自己紹介が始まると、見斗は好調な実業家ぶりをアピールした。

他の参加者からの羨望は集めたが、涼子は全く興味を示してくれなかった。


飲み会終了後、見斗は 涼子を強引に捕まえると こう言った。

「僕と 結婚を前提にして付き合ってくれませんか?」

涼子はムッとした顔でこう答えた。

「ずいぶん唐突ね。今まで そう言って女性を騙して来たのね?

あなたの武勇伝は、友達の英子からよく聞いてるわ。」

「違います! 僕には、あなた以上に愛せる人がいなんです。」

「えっ? 何? 出会ったばかりで、そんな事を言うの?」

「信じてもらえないとは思いますが、あなたと僕は 元々夫婦なんです。

僕は今、人生のやり直しをしているんです。」

「前世が何とか・・って言うんでしょ?

私には、そんなオカルト話 通用しないわよっ!

 だって、今のあなたには 少しも魅力なんて 感じないんですもの!」

「信じて下さいよぉ! 僕はあなたの生い立ちも、ご両親も、良く知っています。

試しに何でも聞いてみて下さい。」

「恐いーっ! ストーカーなのねっ?

私が今日の飲み会に出る事まで・・まさか、盗聴・・?」


取りつくしまもなく、見斗を 追い払った涼子は、

探偵に依頼して 自宅を調べてもらった。


残念な事に、涼子の部屋からは 複数の盗聴器等が見つかった。

もちろん、見斗が仕掛けた訳ではない。 運が悪かったのだ。

さらに、見斗は 自分に出会う前の涼子を 一目見ようと、

彼女の実家周りをウロついた事があり、それも目撃されていた。


見斗は警察で厳重な注意を受けた。

しかし、20年以上も「挫折」と言う言葉から遠ざかり、

大抵の事を金で解決してきた見斗には、

もちろん、その程度で あきらめるつもりは無かった。


彼女は 自分と結ばれる事が、幸せであり、運命である。

今の状況が 間違っている事を 早く理解させなければ・・

と、 真夜中でも構わずに、電話をかけ続けた。

ブランド品を送っても、受け取り拒否されてしまうので、

彼女の両親や友人まで、買収しようとした。

どうしても手紙を読んで欲しくて、彼女の職場にまで郵便を送った。


もちろん、やればやる程、嫌われていった。


涼子への連絡方法が 全てシャットダウンされると、

見斗は探偵を雇い、本当に盗聴器を仕掛けさせた。

「俺が 離婚届を出してない以上、彼女は 妻なんだ。」

という、訳のわからない理由で、

車やハンドバック、アクセサリーにまで 発信器を着けさせ、

涼子の行く所へ いつも先回りした。


いくら偶然を装っても、犯行はバレバレだ。

彼は逮捕され、有罪となり、涼子への接近禁止令を受けた。


見斗は、ここまで来て、やっと「もうムリだ」と 理解した。


逮捕をきっかけに 事業は人に譲り、

信用も金もなくなったが、そんな事は どうでもよかった。

結局、2つの人生を通じて、見斗にとって大切なものは 涼子だけだったのだ。

それは 最初から わかっていた事なのに・・。


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転落人生に落ちてから10年が過ぎた。

残っているのは、犯罪者の肩書だけ。

見斗は、深く反省しながら、時が来るのを待っていた。


祭ばやしが聴こえてくる。

ついにその日がやって来た。

焼きとうもろこしをお腹一杯食べたあの日だ。


「もしかしたら、もう一度 やり直せるかもしれない!」


玄関を出ると、やはり 2軒の屋台があった。

1軒はチョコバナナ。もう1軒では、あの日と少しも変わらず、

お爺さんがトウモロコシを焼いていた。


見斗は 祈るような気持ちでトウモロコシを大量に買うと、

すぐに家に帰り、熱いのも構わず、かじりついた。


あれっ・・? 何か、味が違う・・

ベタベタと甘いだけで、ずっしりとしたコクが無い。

最近の品種改良のせいか?

いや、俺の口が贅沢になったからか?

まあ、元々 醤油を付けて焼いただけの物だ。こんなもんだろう。


喉を詰まらせながら、何とか5本を食べ終えたが、

残念なことに 何も起こってはくれなかった。


見斗は、これからの人生への希望を、完全に失ってしまった。

もう、二度と 涼子に会うことは無いのだろう。


大きく息を吸い、一気に吐くと、

見斗は、力なく 机の上に両肘をのせ、額を両手で支えながら 泣いた。


見斗は、2つの人生を振り返っていた。

前回は、前半で挫折し、後半が幸せ。

今回は、前半がロト6が当たる程の幸運、そして 今がどん底。

そういえば、人生は平等だという話を聞いた事がある。

事業が軌道に乗った時点で、当たった3億円を倍にして

慈善団体にでも、寄付するべきだったのだろうか?

いや、やはり原因は自分だろう。

資本金と共に「人徳」も大きくしてゆくべきだった・・。


そもそも、涼子がそばにいるだけで 幸せだったのに、

人生をやり直したいと思った事がバカだった。


見斗は泣きながら眠りについた。

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