夢の賞味期限

梨木みん之助

第1章 夢の賞味期限(original)

数十年前の4月、

見斗(みると)は地元の普通高校に入学した。

所属クラスでは、自己紹介を兼ねた1分間スピーチが行われ、

農村出身の見斗は、爽やかに こう話した。


「僕には、3つの夢があります。

まず、1番大きな夢は、将来 ミュージシャンになる事です。

次に、中ぐらいの夢は、自分でお金が稼げるようになったら、お腹を極限まで減らして お祭りに行き、大好きな『焼きとうもろこし』を、お腹一杯食べる事です。

最後に、1番小さな夢は、アメリカンドッグを、 お腹一杯 食べる事です。」


見斗の村では、毎年 夏になると盛大なお祭りが行われていた。

神社に続く道の両側には、いろんな屋台が並び、

小さい頃には、それがどこまでも続いているかのように思えた。


見斗は、毎年決められたように、

まずは 大好きな焼きとうもろこしを1本完食し、

更に マスタードとケチャップをたっぷり塗った アメリカンドッグを1本平らげた。

小学生の小遣いでは、それが限度だったが、

「いつかは 腹一杯に食べてやる。」と 胸に誓っていた。


高校生にもなって、あまりに子供っぽい夢を 真顔で語った為、

そのスピーチは大ウケし、新しい生活は順調にスタートした。


端正な顔立ちの見斗は、クラスの女子から よくモテたが、

残念な事に、当時は まだ、女性への興味が無かった。

それゆえ、「失恋」の経験が無かったのは勿論だが、

幸か不幸か、「挫折」らしきものすら 経験した事が無かった。


入学してから半年が過ぎ、少し大人になった見斗は、

他のクラスの女子、園子(そのこ)を好きになり、すぐに告白したが、

「もう、彼氏がいるから」と、あっさり断られてしまった。


初めての失恋に 半ば意地になった見斗は、

何としてでも、彼女と付き合う事に こだわり続けた。

「僕のどこが気に入らないのか教えてくれよ」と何度も言い

「しつこいからイヤ!」と言われる度に、

「今までの事は謝る」と、丸坊主にし、また同じ事を繰り返した。


「挫折」への免疫が無いというのは、本当に恐ろしい事だ。

その後の見斗の性格は、別人のように暗くなっていった。

園子以外の事は一切考えられなくなり、周りに壁を作った。

学業成績も、友情も、青春ごっこも、全く興味は無かった。


気が付けば、高校3年生の秋だというのに、

文化祭のステージで 園子への思いを歌っていた。

歌唱力、ギターの腕前、作ったメロディーは そこそこだったが、

余りにも 詞がヒドかった。

「君が ずっと好きでたまらない。それ以外は何も要らない。」

「アイツと別れることが、君のためだ。」


陰険すぎる歌を、身勝手に歌い上げたため、

彼女自身も含め、来場者の反応は 極めて冷たかった。

彼は、3つのうちで1番大きな夢を その時点で諦めた。


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園子と同じ大学の受験に失敗した見斗は、地元の大学に進んだ。

そのおかげで彼女の事は 次第に忘れる事ができたが、

人間関係に壁を作るクセは抜けなかった。


大学生の恋愛は、経験値がモノを言う。

子供過ぎる彼を相手にしてくれる女性は現れず、

空虚な心は満たされぬまま、

見斗は、青春の代用品であるかの様に、アルバイトに精を出した。


ある年の夏、どこかのお祭りを偶然に見つけた見斗は、

思い出したようにアメリカンドッグを10本買ってみた。

「子供の頃からの夢が、やっと1つ 叶う!」

それを口に運ぶ時は、期待で胸がワクワクしたが、

久々に食べてみると、何か味が違う・・。

よく考えれば、ソーセージに小麦粉を巻いて揚げただけの物だ。

8本食べたところで、もう、どうでも良くなってしまった。


大人にとって、少年の夢など「ただの戯言」に過ぎないのか?

じゃあ、「大人の夢」って いったい何なのだろう?

流され続けてきた見斗に、人生の目的地は、まだ見えなかった。


砂を噛むような、味気のない10年が過ぎ、

見斗は30歳を迎えようとしていた。

そんな彼の人生を、元の明るいものに戻してくれたのが、

涼子(りょうこ)との出会いと、結婚だった。


出会いは、メタボ改善のために入会したテニスクラブ。

参加クラスの飲み会で、お互いに目が合い、すぐに恋に落ちた。

「これが 相思相愛?」見斗には初めての経験だった。


やはり、この種のトラウマは「愛」でしか 治せないのだろう。

見斗は、本来の明るさを すぐに取り戻す事ができた。

いや、少年時代よりも さらに明るく、

そして、分別のある、優しい大人になる事が出来た。

何より、涼子が人生について 深く知っている事が大きかった。

きっと 今まで、かなり密度の濃い人生を送ってきたのだろう。

「涼子は、自分には もったいない程の女性だ。」と、

見斗は 今も感謝し続けている。


夢のような結婚生活の中で、あっという間に10年が過ぎ、

見斗は40歳を過ぎていた。


人間という生き物は、どんなに大きな幸せにも、

いつかは 慣れてしまうように出来ているらしい。


見斗は、今の仕事について 悩むようになっていた。

「仕事に生きがいを求めてはいけない。

生きがいは家庭の中にあればよい。

仕事は家庭を支えるための単なる道具に過ぎない。」

と、自分自身に言い聞かせて 今まで頑張ってきたのだが、

人生の中盤に 差し掛かり、

「真に 人の為に、社会の為に、なれるような事がしたい。」

などと 考えるようになってきた。


初めて、夢らしい夢を持てたのは、喜ばしい事だが、

この年で、その夢を叶える再就職先を見つけるのは難しい。

自由に活動したいのなら、自身で事業を立ち上げるべきだが、

うまく軌道に乗せられそうな「プラン」と「自信」はあっても、

それが成功する「保証」は何処にも無い。


見斗は 思い切って、涼子にそれを相談してみた。

彼女は、定年近くまで住宅ローンが残っている事を考慮し、

「今の仕事をもう暫く続けてから、また考え直せば?」と答えた。


見斗も、それが道理だと思い、

「定年近くまで働いて、早期退職優遇制度を使い、

その退職金の一部で 好きな事をしよう。」という結論に達した。


その時、涼子は、

「いいわ。じゃ、私もこの人生で 手を打ってあげる。」

と、言ってくれた。


しかし、定年までには、まだまだ 時間がある。

逆に、その後に活動できる期間は、思うほど長くはないだろう。


夢には 賞味期限があるのだ。


大人になってから食べた 何本ものアメリカンドッグは、

少年時代に 1本しか買えなかった、あの「憧れの味」とは

似ても似つかぬものだった。


あと 数十年後に、今の夢を「食べたい」と思うのか?

実現出来た夢を「美味しい」と思えるのか?

そして、「最後まで食べきる事が出来るのか?」

どう考えても、否定的な結論を出してしまう。


「もっと若いうちに 事業を立ち上げておくべきだった。」

そう、正に、アメリカンドッグを8本食べた あの頃だ。

見斗は、これまでの「適当に」過ごしてきた人生を後悔した。


しかし、結婚前の、あの 砂を噛むような頃の悩みとは違う。

「大きな幸せの中での、小さな向上心」程度の問題だ。


気が付けば、窓の外から 祭ばやしが聴こえてくる。

今日は どこのお祭りなんだろう?


きっと大好きな「焼きとうもろこし」も 売っているに違いない。

この機会に 7本買って「少年時代の夢」を完結させてみよう。


そうすれば、今すぐにでも実現可能な「真の大人の夢」に気付く事が

出来るのかもしれない。

逆に「所詮、夢など 戯言」と 諦めをつけるのも 悪くない。


やってみる価値は ありそうだ!

見斗は、財布を握り締めて 玄関の外へと向かった。

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