非正規魔女の現代ワーク

雪村ロビン

天災魔女とはぐれ魔女

コンビニエンス石切山。


柳都の中心街から微妙に外れた小路に、その店は佇んでいる。


この国に、有名コンビニチェーンの一号店が出店した翌年には「商店」の名を捨て、早々に転身したのだと伝え聞く。


「古くさい店ばかりの柳都に文明化の波が来た」と、下駄屋の婆さんは大変驚嘆し、当時のヤングたちが連日押し寄せていたらしい。


「はぁ!? 仕事がないィ!?」


しかし時は流れ現代。


当時の盛況はどこへやら、店内には成年誌コーナーの前でソワソワしているじいさんと、ロン毛の店員と、そして俺がいるだけで、新たに客が入ってくる気配はない。


俺の大声に驚いたじいさんが、何事かとこちらを一瞥する。


「だーかーら! 悪かったって! 先方にだって都合があるんだから仕方ないじゃないの!」


イートインテーブル……と呼ぶには、少々年季の入りすぎたボロ机の正面で、店のエプロンに身を包んだロン毛の男が片手で適当にこちらを拝んでいる。


この男は石切山。


俺の数少ない男友達で、高校のクラスメイトで、この店のせがれだ。


怪しい資格をとるの趣味でそういう講習を受けて回っているためか、妙に顔が広く、俺の「仕事」の仲介もしてくれている。


そして今日も今日とて意気揚々と「仕事」を受けに来たわけだが……


「俺の仕事はどこ行ったんだよ!? ペットを1週間預かるだけで5万円は!! 今月マジでヤバいんだって! あのクソ親、今月の生活費を振り込み忘れてる上に、音信不通なんだぜ!?」


この有り様だ。


「落ち着いてくれモモちゃん。とりあえずそれ。それ食って落ち着いてくれ。あと、ペットじゃなくて使い魔な?」


どうどうと両手のひらで制される。


「これが落ち着いてられるかよ! こっちは死活問題なんだよ! ……いただくけど!」


パッケージに「冬季限定 きりたんぽ味」と極彩色に変な字体で印字されたカップ麺を勢い良く啜る。


どう見ても不良在庫だが、背に腹は変えられない。


「……少しは落ち着いたか?」


「……」


黙ってラーメンを貪る。

沈黙を肯定と受け取ったのか、石切山が話し始める。


「先方だけどな、突然ケガしたとかなんとかで出張だかの予定がパァになったんだと。だから使い魔の猫ちゃんもそのまま。預ける必要、ナシ」


大げさに呆れたようなジェスチャーで手を広げる。


「あァ? ケガしてるんなら尚のことペットシッターは必要だろうよ。どういうケガで……」


「いや知らないよ。俺だってそんな詳細は。俺だってドタキャンからの音信不通で戸惑ってるんよ? 紹介した手前モモちゃんにも悪いしさぁ……」


「……それともアレか? いつぞやみたいに駅前のコインロッカーに怪しい軟膏入れるだけでウン万円の仕事とか……そういうので良ければ今からでも探すか?」


「…………」


押し黙る。

あの時はヤバかった。目を閉じれば思い出す。

「本社」の魔女とやりあったのは後にも先にもあの時だけだ。

逃げおおせたのは割と奇跡。石切山や雪花の助けがなければ……と俺は思わず身震いした。くわばらくわばら……


そんな俺を見て石切山は小さく息を漏らすと、ロン毛をかけ上げた。


「……モモちゃんが相方がいなくて、魔女として『本社』の仕事を受けられないのは同情するよ? できるだけ魔女の仕事を斡旋してやりたいのだって本当だ。男を蔑ろにしてる『本社』のことは俺だって気に食わない。そこは分かってくれよ、モモちゃん」


「……まぁそれは、分かってる。すまん、取り乱した。5万円がかき乱した。俺の純情を」


腹が減ってて気が立ってたのかも知れない、と付け加えると、石切山はフッと表情を崩す。


とはいえだ。


腹が膨れようが、冷静になろうが、俺の懐は寂しいままなのだ。


このままでは我が家の家計は火の車どころか灰塵かいじんと帰す。


「……それで、他に何か依頼は来てないのか……? いや来てないですか?」


死活問題である。


「一応、本社の開発部で寝てるだけでお金がもらえるってのはある。報酬要相談」


「バカ野郎かお前は。五体満足で本社から出てこれるかよそんなの」


開発課はやべー魔女が集まって怪しい魔具を製造している部署として超有名だ。笑い声と奇声の絶えることのないアットホームな職場だと聞く。異名はサファリパーク。

そんなところからこんな怪しい店に来る依頼なんぞ本社の関知しないヤバイ事案に決まっている。


「だーから、そんな普通っぽい仕事なんて、俺のところには入って来ないんだって! 普通っぽい仕事は『本社』の魔女がやるんだから…………なぁ、モモちゃん」


不意に石切山が言葉を止める。


「なんだよ……?」


石切山はまた一瞬、話すか話すまいか悩むような素振りを見せたあと、思い定めたように口を開いた。


「……もういい加減さ、」




ぞわっと背中に寒気が走る。




「冗談でもやめろよ! 俺に『天災魔女』のお守りなんて務まるかよ!」




「俺は逆に、モモちゃんしか適任者はいないと思うけどね」




けらけらと笑われる。




この野郎、他人事だと思って適当なこと言いやがって。




その後も石切山とああだこうだと言葉を交わすが、結局最後まで建設的な会話にはならなかった。




「アンタ! いつまで店番サボってんだい! 小遣い減らすよ!!」




「ヤベッ!」




その内に、店の奥からコンビニエンス石切山の主、石切山のおばさんの怒号が響き渡る。


エロ本を物色していたじいさんがビクッと肩を震わせた。




……これ以上の長居は無用か。




「わーった! わかりましたよお母様! ……というわけよ。悪いねモモちゃん。また良さそうな依頼があったら連絡する」




「あぁ、邪魔して悪かったな。ご馳走さん。ラーメン代は今度返すよ」




「いーってことよ。どうせ廃棄商品だしね」




石切山は飄々とした様子で手を振り、レジに戻っていった。




「……やっぱり不良在庫かい」




俺はため息を一つ吐いて席を立つと、エロ本とジャンプを持ってレジに向かうじいさんを尻目に自動ドアを潜った。




俺もいくつになってもエロ本をカモフラージュして買うような、そんな少年の心を忘れない大人になりたいと思った。


じいさん、邪魔したな。




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