第21話 酒場の喧嘩2
宿屋に入ってみるとやはり俺が最初に思った通り、そこはまるで酒場みたいな雰囲気であった。
屋内には肉と酒の匂いが漂っており、如何にも冒険者と言った者達が集まっていた。
ギルドの直ぐ近くという事もあって、酒飲みに訪れている客が多そうに思われた。
少なくとも、ここにいる全ての者を宿泊させる施設なんてここには無いだろうし、やっぱり酒場じゃないのか?
マーカスさんがここを選んだのは恐らく冒険者ギルドに一番近い宿屋という理由なのであろうが、その分ガラの悪い連中が多すぎる。俺は酔っ払いっにだる絡みさられ事もあって嫌いなのだ。
しかしそれに関してエリスは慣れているようで、あまり気にしてはいなさそうであったが。
やはり俺としてはちゃんとした宿屋に連れて行って欲しかった。
まあ、直ぐに寝てしまえば問題は無いし、俺が金を持っている訳では無いから妥協するけど。
「今日はそのまま寝るか?」
「そうですね、村で貰ったお弁当もありますし。すいません、相部屋二人でお願いします。」
え、同じ部屋で寝るの……!?
俺って一応精神的には男だよ?
少なくとも俺はそう思っているし……もしかして、エリスは俺の姿から女だと勘違いしているのか……?
「その、エリス、俺は一応男だよ!?」
「えっと……? 知ってますよ?」
知っててそうしてるの!? エリスはまだ若いから周りから自分がどう見られているかとかあんまり自覚して無いのかな……。
って言ってもエリスって明らかに美人だし、そういう風にしていると悪い男に襲われそうで心配になるよ。
「もう少し自覚を持って行動した方がいいと思うよ?」
「でもお師匠様は私の体を使ってるじゃないですか。」
「な、なるほど。」
確かにエリスの体ならいつでも体の隅々まで見放題、触り放題だわ。
別にそういう目線で見たことは無いけれど。
というか、この体になってから性欲という物が一切湧いてこないからな……
あったらあったで鬱陶しいなんて思っていたけれど、睡眠と同じでやはり少し寂しい物だとつくづく思う。
まあ、どうせ俺は今夜は外に出掛けるつもりだから相部屋とかあんまり関係無いんだけど。
「じゃあ行くか。」
「そうですね。」
「おい待てよ。調査クエストも満足にこなせなかったエリスじゃねえか! そいつは誰だよ? 妹か?」
酒を飲んでいた男は、どうやら俺の事をエリスと勘違いしているらしい、俺に声を掛けてきた。
確かに俺の体はエリスの体を模したものであり、瓜二つなのだから間違えるのも無理も無い。
エリスの人間関係については全くの無知である俺は、どう対応するべきなのか窮し、ふとエリスの表情を伺うと、ひょいっと男から視線を逸した。
これは……関わりたくないというって事でいいのかな。
俺もこういう時は無視するのが一番な筈だと思うし、そうしよう。
反応して騒ぎになったら嫌だしね。
そんな風に考えていると、足を出して転ばせようとしてきた。
「おい、後輩の癖に先輩に挨拶すら無しかよ?」
……こういうのは気に入らないな。
自分より弱い立場の者に対して嫌がらせをするというのもそうだけど、普段からエリスがこういう事をされていたのかと思うと、反吐が出る。
思えば俺が最初にエリスに出会ったときも、仲間に裏切られて両足を切断されていたし、新参者へ嫌がらせでもするという風習でも蔓延っているのだろうか?
ここで足を避ける事は容易な事だが、それでもこの男の行為を見過ごせる程俺は大人では無かった。
それ相応の報いを受けるがいい。どうせこういう世界なら幾らでも治療など出来るんだろう?
だから、躊躇せずに全力で差し出されたその足を蹴り上げた。
足が接触した時、その男の足はメリメリと不快な音を立てながら、歪にその形を変えていった。
「痛ってえええええ!!!!!」
俺のローキックによって片足を粉砕された男は、大声で悲鳴を上げて悶え苦しんでいた。
エリスにそんな態度を取るからだ、ざまあ見ろ。
「流石にそれは痛がり過ぎだろ。」
「慰謝料貰うのも程々にしておけよー。」
「足りない分は体で払って貰おうぜ。ぎゃははは!」
男の取り巻きは、俺がこいつの足をへし折ったとは思わずただの演技だと勘違いしたようだ。
別に乱闘騒ぎになっても構わないと思っていたが、それならそれで都合が良い、そのまま寝に行くか。
これでこいつにも良い薬になっただろう。
「おい、待てよ!」
「俺の仲間を怪我させておいて、ただで帰れると思うなよ!?」
しかしその男の異常な様子を見ている内に、本気で痛がっているという事に気付いたらしい。
取り巻きの男達は立ち上がって俺とエリスへと詰め寄ってきた。
その時、少しだけエリスは怯えている様に見えた。
もしかして、まだエリスは自分の強さを自覚していないのだろうか?
今まで銅級冒険者だったという経験から、自分が弱いと思い込んでいるのかもしれない。
「あの、お師匠様、私はどうすれば……?」
「俺に任せて大丈夫だよ。エリスも参加したいならしていいけどね。
で、俺とやる気か? 三下が意気がるなよ?」
「調子に乗るな!! 糞ガキがぁ!!!」
俺の言葉に、取り巻きの一人は激怒した。
そしてそのまま俺へと拳を振り下ろしてくる。
この男はこんなので勝てると思っているのかと想像すると、失笑してしまいそうなんだが。
だが、これはつまり、やっていいって事だよな?
先に仕掛けてきたのもお前らの方だし、半殺し程度にしてやろう。
躱す必要すら無いその男のストレートを身を捻る事で躱し、その姿勢からそのまま男の顎へと向かって拳を振り抜いた。
って、少しやり過ぎたかもしれない……
完全に顎の骨が粉々になってしまっている……流石にこのまま放っておくと死んでしまいそうで、それはそれで俺にも不都合が生じそうだし、回復しておいてやるか。
「【
これで良しっと。えっと、後は残りの二人かな?
「てめえ、やりやがったな!!」
「俺達のギルドメンバーに手出したらどうなるか覚悟はしているんだろうな?」
「お前ら、全員立て! こいつに然るべき報いを受けさせるぞ!!」
その男の一声で、座っていた者達が全て立ち上がった。
エリスと女将さんを除いたここにいる全ての者達から、殺意にも似た視線が向けられているのを感じる。
え、えっと……?
あれー? ここの酒場に居る客って全員同じギルドメンバーだったの?
もしかして何かの打ち上げでもしていたのかな?
ここまで大規模な喧嘩なんてする気、無かったんだけど……
確実に明日以降にも何らかの悪影響が生じそうだけど、でもここで引く訳にもいかないし……
それに、向こうもまた、ここまでされて何もしない訳にはいかないのだろう。
そのギルドの沽券に関わるだろうし。
つまり、こうなってしまってはやるしかない。
「掛かれ!!」
その呼び声と共に、ギルドの構成員達は、俺の元へと殺到する。
ここは他所様の土地で、しかも屋内というのに……少しは他人の事も考えろっつーの。
まあ、俺も人に言える立場では無いのだけれども。
エクレアくんとの狩りとは、質も量も桁違いな程の魔物を狩っただけあって魔力が尽きる気がしないし、新しいスキルに使っちゃってもいいよね。魔王への道が少しだけ遠のいてしまうけれど。
えっと、女将さんに迷惑を掛けたく無いし、ここにいる全員を拘束する様なスキルが欲しいです。
『スキル【影縛り】を獲得しました。』
ここに来て今までで一番影らしいスキルを獲得した気がする。
というか、禄に影らしい事なんて【
「【影縛り】」
俺がスキルを使用した瞬間、俺の足元からこの店全体を覆いつくせるほど漆黒の闇が広がっていった。
直ぐ側から悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきたが、まだこれで終わりでは無い筈だ。
まだ、こいつらを縛ってはいないのだから。
……って、あれ?
もしかして、これって俺の意思で影を操らないといけないのか?
既にここにいる奴ら全員が恐慌状態に陥っているのだが、まあ実験台にさせて貰おう。
ここの空間を握り潰す様に力を込めていくと、闇が徐々に収束して、ここにいる者達を次々に包み込んでいった。
きっと今の俺の魔力量が大きい事が原因なのだろうが、これは少しやり過ぎたかもしれない。
しかし全身が影に包まれて真っ黒なまま倒れている彼らの様子は少しシュールで面白かった。
「邪魔者は片付いたし、行こっか。」
「お師匠様、少しは自重した方が……でも、私の事を想っての事なんですよね。ありがとうございます。」
確かに……少しやり過ぎたかもしれない。
それにあのまま放置すると精神が崩壊しかねないしな。
という事で、俺達が寝室へと入って1分くらいした時にあの影は解除しておいた。
転生したら影になってました 死なない身体は最強なのかもしれません @IoriSakura
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