第20話 酒場の喧嘩1

 この街の入口には税の徴収や検問を行う為の関所が設けられていた。

 そしてそこに居た衛兵はこう言った。


「身分証を提示してください。」


 衛兵に言われて、エリスもマーカスさんもすんなりと身分証を提示した。


 だがしかし、待ってくれ。

 ダンジョン生まれの俺がそんな物を持っている筈がないじゃん。


 マーカスさんがいる手前、【二重の影ドッペルゲンガー】を解除して影に戻る事も出来ないし……

 うん、詰みました。このまま俺は怪しい人間として牢屋に閉じ込められるんだ……

 いや、逮捕されるよりは影って事がバレた方がましか?


「あの、お師匠様って身分証無いんですよね。」

「はい、ありません。詰みました……。」

「詰みました……? では私が手数料は払いますから。」


 しれっとそんな事を言ったエリスには後光が差していた。天使かな?

 でもこんな年下の弟子にお金を出させるとか、師匠としてあるまじき姿だ……

 まあ、冒険者になったら直ぐにこれくらいは返せるだろうからね、問題無いね。


 それはさておき、俺の名前ってまだ決まってないんだよね……

 取り敢えずシャドウミストだけは決めたけど……

 どうしよ、エリスの名前の一部を貰っちゃおっかな。

 それならこれから双子設定で通すとしてもあんまり問題も無いし、うん、そうしよ。


 えっと、エリスのフルネームは確かエリス・ルクセンハートだから、それじゃあ俺の名前はシャドウミスト・ルクセンハート?

 語感が少し悪いな……今適当に他のを考えてしまえばいいか。

 折角なら魔王になった時に備えて格好が良い名前が良いよね。


 でも見た目は女だし、いっその事名前もそっちの方にしてしまおうかな。

 そもそも影に性別なんて存在していないし、そこまでこだわる必要も無いしね。

 ……よし、アリスにしよ。これなら双子の姉妹っぽいし、魔王としても格好良い気がする。


「ええっと、お名前を伺っても?」

「あ、はい。お待たせしてすいません。アリス・ルクセンハートです。」

「アリス・ルクセンハート様ですね。」


 俺が衛兵に今考えたばかりの名前を伝えると、何やらカードを一枚取り出して名前を書き込んでいる様だった。

 これって偽名で身分証を作り放題になりそうだけど、大丈夫なんだろうか?


「ねえ、ここって身分証作り放題なの?」

「いえ、身分証は2個目は作れないようになっていますから。」


 へー、何気に凄いなそれ。

 まあそういうシステムじゃないと村から都会に出ることが出来ないもんね。


「これをお受け取りください。再発行には別途で大銅貨1枚が必要になりますので、お気をつけてください。」

「あ、どうもありがとうございます。」


 衛兵から渡された身分証は凄くコンパクトなサイズのカードで、名前と犯罪者歴の欄しか存在していなかった。

 まあ、確かに検問をする時に必要な情報ってこれくらいでいいのかもしれないけど、少しだけ寂しい気分がするのは何故だろう?


「これからどうしますか? もう夜遅くですし宿屋までお連れしましょうか?」

「えっと、そうですね……」


 俺には休息なんて必要無いけれど、エリスには必要だろうし宿屋に行こっかな。

 夜になったら隠れてちょっと街にでも出てみよっと。


「お師匠様の代金も私が払いますから安心してください。」

「あ、はい。」


 そういう理由で沈黙していた訳じゃないんだけど……いや、お金は持っていないけどね。

 エリスの中では完全に俺が貧乏って感じになってしまったのだろう。

 それでもお金を出してくれるって気持ちはありがたいにはありがたいんだけど……何ていうか、申し訳無い。


「じゃあ私はそろそろお暇させて頂くよ。もし機会があればローレンス商会をよろしく頼むよ。」


 商会というだけあって魔道具とかもありそうだし、お金に余裕が出来たら行ってみようかな、なんて事を思ってから気が付いた。

 確かにエリスが言っていた通り、向こうの利益に繋がってる……。

 まあ、俺が魔道具に興味あるからというのもあるのだけれども。

 なるほど、商人達はこうやって稼いでいるのか。もしかしたらダンジョン経営でもこういうノウハウは参考になるのかもなー。


 まあいいや。取り敢えず宿屋に入ろうっと。

 俺の宿屋に対する感想は、宿屋というよりは寧ろ酒場みたいだなーと思った。

 これは別に外観がそういう雰囲気という訳じゃなくて、中に居る人間の反応がまとまって食卓を並んでいる感じだったし、外にまで聞こえてくる喧騒と酒の匂いからだけれど。


「行こうか!」

「はい……」


 そしてそのまま、俺はエリスと二人で宿屋へと入っていった。

 今の俺に影故に性別は無いけれど、状況だけなら少しだけいかがわしいな、なんて思ったりもしながら。

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