人間よ、よくぞ私の前にやって来たのじゃ!

 高校生になって、自分自身の不幸体質にはますます拍車がかかっていた。




 どれだけ目立たないようにしていても、不幸というものは向こうから飛び込んでくるのだ。明日から夏休みだというのに、俺はその日も周囲を警戒しながら帰り道を歩いていた。




 祖母の家がある最寄り駅に降り立つと、痛いくらいの太陽の光が肌に突き刺さった。




 その日は随分と暑かったように思う。カラッと気持ち良いほどに晴れた空。うるさいくらいのセミの声。


 そんな中でも汗を流して働く工事現場の連中と、公園で爽やかな汗を流す小学生くらいの子どもたちの対比がおかしかった。






「あっ、危ない!!」






 その公園の側を通りかかったときだった。俺が声のした方角を向くと、俺の頭を目掛けて野球のボールが飛んできているところだった。


 何もしなければ、こういう時ボールは百パーセント俺の頭に命中する。こんなことは慣れっこだ。




 俺は最小限の動きでボールを躱した。……が、そのボールは縁石に当たってイレギュラーなバウンドをする。


 あり得ない放物線を描いた後、そのボールは工事現場の中へ吸い込まれていった。嫌な予感がして、ボールの行方を目で追ってしまう俺。






「うわっ!」






 やっぱり、ボールを避けるんじゃなくて怪我をしてでも身体で受け止めておくべきだった。




 そのボールは器用に工事現場のおじさんの足の下へ滑り込んだ。ものの見事に、角材を運んでいたおじさんが派手に転倒する。




 その角材は近くで缶コーヒーを飲んでいた別のおじさんを巻き込んだ。




 このクソ暑い日に何を思っていたのか、そのおじさんは“たまたま”ホットコーヒーを飲んでいたらしい。熱々のコーヒーが、角材と衝突して宙を舞う。




 そしてそれは、不運にもクレーンの操縦席に飛び込んだ。






「ぅ熱っちいいい!!」






 熱々のコーヒーが操縦者にかかり、クレーンのレバーが急激に倒され、吊るされていた鉄骨が大きく揺れた。ワイヤーがたわみ、鉄骨が滑り落ちそうになる。




 落下地点には、シルバーカーを押すお婆さんが歩いていた。




 悪夢のようなピタゴラスイッチ。あぁ、なんということだ。俺の不幸で、また誰かが犠牲になってしまう。俺は自らの不幸を呪おうとしたが、そのシルバーカーに見覚えがあることに気がついた。




 年季の入った、シルバーカーにしては派手な赤い色。俺の、祖母のものだった。






「――ばぁちゃんッッ!!」






 俺は全力で走り出した。些細過ぎるきっかけだったが、引き起こしたのは恐らく俺だ。唯一俺に良くしてくれた祖母を巻き込むにはいかない。絶対に死なせない。




 無我夢中で走り、まるで周囲の時が止まったようにスピードが出た。俺の足は思ったよりも遥かに速く、祖母をその場から突き飛ばすことに成功していた。




 しかし。






 ――ガッシャアアアアアン!!!






 自分が逃げる程の余裕はなかったらしい。ものすごい衝撃の後、激痛が走る。




 恐る恐る自分の身体を確認すると、その鉄骨は見事におれの腹から下を潰していた。痛い、というよりは熱かった。熱い。潰された箇所が焼けるように熱い。




 突き飛ばした祖母が戻ってきて、俺の手を掴んで泣いている。人が集まってきて、何か叫んでいるがよく聞き取れない。




 ゴポ、と口から血液が溢れる。今度は寒くなってきた。死ぬって、こんな感じなんだろうか。




 さっちゃんも、最後の瞬間には同じことを思っていたのだろうか。全身から力が抜けていく。ひどく眠い。なにかを考えることすら億劫だ。




 固くて冷たい地面の感覚だけが残る。最期くらいは柔らかい布団の上で迎えたかったなぁ。まぁ、それもどうでも良いか。漸くこの不幸が過ぎる人生とおさらばできるのだ。




 俺は妙な安堵感と共に、そのまま意識を切り離すことにした。















「――おい!」








 誰かが俺のことを呼んでいる。何で声が聞こえるんだろう。




 俺は、死んだんじゃなかったのか? 






「――起きるのじゃ!」


「う、うう……?」






 何も感じなかったはずが、今はどうやら俺は床に倒れているらしいことが分かった。視界が徐々に明るくなっていく。俺は、どうなった?




 鉄骨に潰されて、確実に死んだと思っていた。しかし、どうだろう。痛みはないし、身体も自由に動く。服装もカバンもそのままだ。血で汚れている様子もない。




 俺はゆっくりと身を起こすと、周囲を見回した。そこは、見たこともない場所だった。洋館、だろうか。妙なほど高い天井に、趣味が良いとは言えない悪魔のような生物を象った石膏が並ぶ部屋。




 床には赤い絨毯が敷き詰められ、俺の倒れていた場所はこれまた妙な魔法陣のようなものが描かれていた。




――しかし一番妙なのは、俺の目の前にいる少女である。




 紫がかった白色に近い、くせっ毛のショートヘア。その服装はまるでコスプレのようで、私服にしては露出がとんでもない。胸元は大きく開き、下半身は水着なんかと変わりない。




 何より彼女の頭には羊のような角が生え、おまけに尻尾まで付いていた。




 彼女は俺が目を覚ましたことに、満足気にえへんと胸を張っている。


 ……反動でたわわに育った二つの果実が、ぷるんと揺れていた。




 年齢は、俺と同じくらいだろうか? 吸い込まれてしまいそうなほど綺麗な翡翠色の瞳に、俺は思わずドキッとしてしまう。






「ウフフフ。私はやっぱり天才なのじゃ! 見よう見まねではあったが、こうして無事に転生の儀を成功させる技量! 素晴らしい! 人間よ、よくぞ私の前にやって来たのじゃ!」


「え、あ。……どうも」






 何が何だか分からない。とりあえず冷静に状況を分析するため、俺は頭を掻きながらゆっくりと立ち上がった。こうして立ち上がってみると、その少女は思ったより背が低いようだ。


 精々百四十センチ後半といったところか。うん、ロリ巨乳だな。




 この場所も何処なのかまったく検討もつかないし。ふと窓があることに気がついて外をチラリと見てみたが、日本じゃあり得ないような緑や紫色の混じった空をしていた。




 今の時刻は夜なのか、月が出ている。……二つも。




 あぁ、頭が痛くなってきた。俺はどうかしてしまったのだろうか。とにかく、目の前の少女に色々と聞いてみる必要がありそうだ。




 俺はおずおずと、白髪はくはつの少女に声をかける。






「あの。……ここは何処ですか」


「うむ。おぬしは転生したばかりで状況が掴めておらんようだな? 私も少々舞い上がってしまった。一から説明してやろうではないか」






 て、転生だって? ひょっとして、今流行りの異世界転生というやつか?




 その言葉に困惑する俺だったが、彼女は突然俺の手をとってニコリと微笑む。変な格好はしているが、その笑顔は抜群に可愛かった。こんな風にグイグイくる女性に慣れていない俺は耳まで赤くして照れてしまったが、相手は気にした様子もなく無邪気に言う。






「立ち話も何じゃからな。こっちじゃ! 付いてまいれ」


「え、ちょっ」






 そうして彼女は俺の手を握ったまま、繋いだままズカズカと歩いていく。俺は引っ張られるように彼女の後に続いた。先程までいた部屋を出て、館の中を進んでいく。




 廊下には鎧が並び、その壁や床、天井に至るまでゲームの中でしか見たことがないような豪華な装飾で飾られていた。




 何が嬉しいのか、少女は鼻歌を歌いながら歩いていってしまうし。見たことがないものだらけで俺は混乱してしまっていたが、少女と曲がり角を曲がった瞬間。もっと混乱してしまうことになった。






「おや、リリィ様。……その御方は?」


「カプティスか。フフフ、ついに私の前にも転生者がやってきたのじゃ! すごいであろう!」






 紳士的な口調で話しかけてきた者。カプティスと呼ばれた彼はこの館の執事なのか、タキシードスーツのような畏まった服装をしており、背は凄く高いようで普通にしていては胸元しか見えなかった。




 俺はその顔を拝もうと、視界を上方に向ける。






「うわぁ!!」






 そこには、あるべきものがなかった。その顔は、比喩などではなく頭蓋骨だった。骨だけがカクカクと顎を動かして喋っている。どうなっているのか、目の部分は白い点のような瞳が存在しているようだけど。




 叫び声をあげてしまうには、十分すぎるインパクトがあった。

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不幸が過ぎる俺が転生したのは、魔王の眼の前でした。~超能力があれば剣と魔法の世界でも無双できますか?~ ジオニキ @geoniki

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