第23話:これで終わりじゃ無かったよな!

 数日の間は迷宮ダンジョンに籠らず訓練に費やした。

 そして十分勝ち目があると判断し漸く武多ブタとの再戦となった。

 迷宮ダンジョンへの階段も三度目ともなると慣れたもので、軽い足取りで降りると、前と同じように不意に茶色い地面が登場する。


「ブヒ!!」


 突然の事だった。

 迷宮ダンジョンに入った途端の不意打ち。

 初めて入った時の様に背後に武多ブタが潜んでいた様で、急に飛び蹴りを繰り出してきた。

 慌てて振り返ったタクトは大きく横に飛びのくと、直ぐ目の前を後ろ足の蹄が通り過ぎる。

 奇襲に失敗した武多ブタは地面を転がったが、前足を軸にしてくるりと回ると土を跳ねのけながら直ぐに起き上がる。


「あっぶね、気を付けてて良かった」


 最初の経験が生きたなと実感する。

 恐らくあの経験が無かったら、前回の様にやられていたかも知れないなと気合を入れ直す。 

 ゆっくりと起き上がったタクトは視線を外さぬまま構えると、訓練した強化の新しい使い方を実践する。

 前回よりも一気に跳ね上げ、二百倍まで強化すると魔力を目に集中させる。

 武多ブタは前回と同じように軽快なステップで前足をプロボクサーも顔負けの速さで打ち込んでくる。

 前回までなら何とか防御する事で精いっぱいだったが、体を半分ほどスライドさせるだけで難なく避け切った。


「成る程、こんな感じか。確かに良く”見える”」


 目を集中的に強化した事で動体視力が一気に上昇し、これまで何となくでしかなかった感覚を確り知覚する事に成功する。

 判ってしまえば問題ない、言うなればスロー再生された動きでこれから何処に何をするのかを考える余裕が生まれる。

 だが、実際に時間が増えると言う訳ではない。

 ゆっくり見えるだけで速度自体は全く変わっていないのだから、悠長にしていては普通に顔面コースである。


「その調子です、次来ますよ!」


 避けられてもお構いなしに何度も武多ブタは前足を何度も繰り出すが、タクトにはその全てが確り見えていた。


「何処に来るか判れば流石に当たらないな」


 確りと目を集中的に強化して攻撃を見ると、武多ブタの前足が振りかぶられてから実際に向かってくるまでの間に何処を狙っているのかが丸判りだ。

 時間が増える訳ではないが、何処を狙っているか判りやすいのだから難しくあれこれ考えるようなものは全く必要なく、直観的に体を動かせる。

 そしてそれだけの能力は魔法による全体的な強化で既に得ているのだ。

 尚も短い前足をブンブン振り回す武多ブタだが、最早全く当たる気配はない。


「ブッヒーーーーーーーー!!!!!」


 全然上手く行かず避けられてばかりの武多ブタが激高し、鼻息を荒くする。

 大きな鼻からブシューと聞こえてきそうな程の息が噴き出してくる。


「ぉ?これはチャンスか?…よっと!」


 怒りで我を忘れた武多ブタが不用意にタクトに突っ込むと、それをひらりと躱してその回転を利用した蹴りを放つ。

 背中にヒットした武多ブタは悲鳴を上げると、そのまま遠くに飛んで行ってしまう。


「ぉーいい感じに飛んでいきましたね。ちょっと強化が強すぎたかも?」


 上空のミニエルが覗き込むような仕草で飛んで言った方向を見るが、あの口調だと結構遠くまで飛んで行ってしまったようだ。

 今の一撃で確りと倒しているだろうが、何処に飛んで行ったか判らないのなら晶石の回収は無理と判断するべきか。


「………やった、やったぞ!念願のブヒブヒ野郎に初勝利だ!!」


 これまでにない程声を張り上げてガッツポーズを取り喜びを露にする。

 心なしか目が潤んでいるような気さえしてくる。


「そうですね、よく頑張りました」


 肩まで降りてきたミニエルが勝利を称えると、タクトは何度もうんうんと強く頷き喜びを分かち合う。


「じゃあ、迷宮ダンジョン探検始めましょうか」


 とても清々しい笑顔だったタクトの表情が一瞬にして真顔へと戻る。

 今までの喜び方を振り返って少し恥ずかしかったのか、顔を少し赤くして頭の後ろに手を動かすとポリポリと引っ掻いた。


「そ、そうだよな、これで終わりじゃ無かったよな!」


 タクトとしては強敵を倒した達成感に浸って今日はもうお終いと言ったムードだったが、実はまだスタート地点から動いてなかったのである。

 寧ろ第一歩はこれから踏み出されると言っても良いかも知れない。

 流石にそれは不味いと思ったのか、やや急ぎ足で歩き出した。

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