第22話:カブトガニだって血は青いんだから我儘言わないの

「なぁ、さっきは聞きそびれたんだけどさ」


 迷宮ダンジョンから出たタクトはエリナの用意した食事を食べてテントに入ると、テントの中を飛び回るミニエルを目線で追いかけていた。

 気候としては穏やかでテントの中もそんなに暑くならないとは言え、よくあれだけ飛び回れるなと感心するものだ。

 そんな姿を暫く眺めていたが、疑問に思っていた事を思い出したかのように口を開いた。


「どうしました?」


 その声を耳にしてクルクルとテントの中を回り続けるのを中断し、タクトに向き直ったミニエルが顔を覗き込むようにして見上げて来る。


「大した事じゃ無いんだけ…いや、結構大した事だったか。怪我した時にさ、血が青かったの思い出して。何だか色々あって頭からすっ飛んでたんだけど、一体あれはどう言う事なんだ?」


 この体になってから実際に血を流したのは初めてではない。

 記憶が戻る前は確り赤かった気がするが、青い血を目にしてからその記憶すらおぼろげになりつつある。

 拳を複雑骨折した時も割と盛大に流した筈だが、あの時は痛みで気が動転していた様で途轍もなく痛かった記憶しか最早残っていなかった。


「あれですか?天使なら皆青いですし気にする必要ないですよ?」


 サラリと当然の事でしょ?と言わんばかりの顔で言ってのける。

 二人の常識がここまで乖離していたなんて信じられないと言った印象を受けたタクトは盛大に反論に乗り出す。


「いやいやミニエルや、タクトさん天使違う、人間なの。判りますね?」


 何故か一寸片言を意識した口調で話し出すタクトが面白かったのか、ミニエルはクスリと笑うと左の人差し指に魔力を込めて右の手の甲に充てる。

 その指をスッっと滑らせると白い皮膚が薄く切れて青い血が流れた。


「ほら、青いでしょ?」


 青くて当然でしょと言わんばかりに右手を見やすい様に上げてアピールするが、タクトはブンブンと大げさに首を振りミニエルの真似をして左手の甲を薄く切る。

 小さな手の甲に小さな傷が出来ると、そこからほんの僅かに流れ出る。


「ほーら赤いで………ちょ、何で?何で青いの!!」


 赤い事を期待したが現実は常に期待通りとは行かないものである。

 流れる血は青かった。

 自らの血の色が何時の間にか変化している事を認められないタクトはなおも疑問を口にする。


「え?それはタクトさんが人間やめ…」


「言わないで!」


 転生したら人間辞めてたんだけどそれでも魔王を倒す旅に出るなんてタイトルの物語が始まるのはちょっと嫌だと、未だ抵抗を続けるタクトは嫌だ嫌だとまるで駄々っ子の様に首を振る。


「もう、前世にも青い血が流れる生き物が居たでしょ?カブトガニだって血は青いんだから我儘言わないの」


 見るに見かねたミニエルが青いのは特別じゃないとばかりに宥めようとするが、カブトガニの血なんて見た事なかったタクトは納得しない。


「と言うか赤でも青でも良いでしょう?そんなに変わりませんって。それはそうとして、武多ブタ対策何か思いつきました?」


 割と面倒に感じてきたミニエルが半ば強引に話題転換を試みると、割とあっさりとタクトもそれに乗ってきた。

 割とショッキングな出来事だったのだろうが、これ以上どうしようもない事は本人も判ってはいるようだ。

 だからと言ってどっちでも良い訳でもないとは思うのであるが、それはそれとして今は目の前の問題を解決する事も必要だと感じているようだ。


「守るだけなら何とかなるんだけど、攻撃しようとしたら途端に崩れちまうんだよな」


 上空から見ていたミニエルも同じ事を考えていたようだ。

 前半は兎も角、慣れてきたであろう後半は防御に徹する分には何とか防げていた。

 だが攻めに転じた処をカウンターでやられていくと言うのがパターンとなっている。


「そうですね、やはり見る練習をしましょうか」


 今日の立ち回りからミニエルは次の特訓メニューを思いつくと、タクトのバッグからメモ帳を取り出してすらすらと書き連ねる。


「見るったって…あいつの動き割と判っちゃいるんだがなぁ」


 一応見えているつもりのタクトはもっと手っ取り早く強くなる方法はないのかと聞くが、丁度テントに入ってきたエリナにそんなものは無いとハッキリ言われてしまう。


「山の頂も一歩から始まります。地道な努力が一番の近道です」


 最もらしい事を言われてしまい少しばかりバツが悪くなったタクトだが、じゃあどうすれば良いのかと再び問うと、エリナは銅貨を一枚取り出して合図をしてから宙に放った。

 それを両方の手を交差させ瞬時に握りこむ。


「右と左の何方に銅貨があるか、判りますか?」


 不意を打たれた訳でもなく、確り見ていたはずのタクトには全く見えなかった。

 ミニエルが右手と答えると、両方の手を広げて答え合わせをする。

 開かれた右の掌には銅貨が一枚乗っていた。


「あんなに早いのに見えてたのか?」


 不思議そうにミニエルに問う。

 前世なら間違いなく手品の類だろうと勘違いするほどの速さだったが、実際ミニエルが当てている以上見て判るものの様だ。


「タクトさんは今まで強化を漠然と体全体に広げる様にやっていたんだと思います。でも、その状態で一部だけ更に集中するとその器官がもっと凄くなるんですよ」


 空中に器用に魔法で光るイラストを描きながら解説するミニエルによれば、今のは目を更なる強化で底上げし、動体視力を向上させたものであるとの事だった。

 村に来る途中の馬車でも似たような話をしていた事を思い出したタクトは、早速エリナに次を頼むのだが、それがまたミニエルから見たら遊んでもらおうとする子供の姿にしか見えずく、すくすと笑うのだった。


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