第20話:怖さも減りますので

「ブヒー!!」


 振り返ったタクトの目に映ったのは、まるでコンセントが差し込まれそうな大きな鼻から盛大に息を吐きだす桃色の魔物だった。


「ふぁぁ~おはよ…って武多ブタじゃないですか」


 タクトの前に姿を現し大きく伸びをしたミニエルは、目の前の魔物を見るとふわりと浮かび上がりタクトの身長の倍はあるだろう高度まで登ってしまう。


「え?ちょあれブタ?ってちょっとまぶべらぁ~~~~」


 武多ブタは混乱しているタクトの顔面に右ストレートを繰り出すと、頬っぺに蹄の後を大きく付けて茶色い地面を転がった。

 ゴロゴロと勢いよく転がり続けたタクトであるが、何とか勢いを殺して立ち上がる。

 体には無数の擦り傷が出来上がり、そこから青い液体が流れ出す。


「くっそ、なんでブタが二足歩行してるんだよ、無茶苦茶痛い………ってあれ?ナニコレ?血が青い??えええ???」


 見知った形が見知らぬ姿勢で、プロボクサー顔負けのパンチを繰り出した事に文句を言いながらも立ち上がる。

 痛み故か体についた擦り傷に目をやると、自らの体に出来た傷口から流れるモノの色が青い事に気が付くと、本来赤い筈のソレが更なるタクトにとっての常識外であった為か、やっとの事で回りだした脳内の思考回路は再び異常発生とばかりに混乱を招く。


「ちょっと、タクトさん前!何慌ててるんですか!?」


 ミニエルが声をかけるがもう遅い。

 この隙を目の前の魔物は見逃してくれるほど甘くは無かった。


「ブッヒフッヒ!!」


 短い手足を器用に振り回し勢いをつけると、喉元に突き刺すように後ろ足を繰り出した。

 避ける事も出来ず思考も乱れ、強化も満足に出来ていないタクトはそのまま喉を潰される。

 余りの痛みに意識を手放しそうになる中で、エリナから持っているようにと言われたネックレスが光り輝いた。



 ◇◇◇◇◇     ◇◇◇◇◇



「お帰りなさいませ」


 目を覚ますと何時もの様にエリナが微笑む。

 その後ろにはミニエルがふわふわと浮いていた。


「あれ?ここって外?」


 先ほどまでの武多ブタとの遭遇から何があったのか理解できないタクトは目をぱちくりとさせた。


「瀕死になると私の元に戻って来れるアイテムです」


 ネックレスを見せそう告げると、後ろで浮いていたミニエルも寄ってくる。

 あのネックレスは装着者の生命エネルギーを感知し、危険を察知すると予め設定したペアのネックレスに転送する仕組みらしい。

 その際受けた致命となりえる傷なども治してくれる優れものとの事だった。


「そんな便利なモノだったら最初から教えてくれれば…」


 何も聞かされていなかったタクトがつい口から言葉を漏らしてしまうが、ミニエルから甘えると行けませんからと逆に言われてしまう。


「死なないと判れば怖さも減りますので」


 タクトの付けていたネックレスを握りしめ魔力を込めながら、空いたもう一つの手の指を一本立ててタクトの唇を抑える。

 他にも言いたい事があったのだろう、動き続けようとする唇はその仕草に思わず言葉を失うと、そのまま魔力が戻ったネックレスをかけて貰った。


「あ、ありがとう…」


 開放された唇からお礼を言うタクトの顔は真っ赤に染まり、それを見たミニエルはくすくす笑う。

 優しくタクトの頭を撫でる仕草に更に顔を赤くしたのは言うまでもないだろう。


「疑似的ではありますが、死ぬその時は直ぐに訪れると言うのは学んで頂けたかと思います」


 実はタクトを単身向かわせて一度死ぬような目に遭って貰おうという案はミニエルから出されたものだった。

 本当に死んでしまわないように、大きな失敗をしてもエリナやミニエルがちゃんと助けられるうちにとの提案だった。

 エリナはそのまま心が壊れてしまうなどと心配もしていたが、そちらの方は杞憂だったようだ。

 心配していた為であろうか、心なしかミニエルにはエリナがいつもより優しさを感じさせているような気がした。

 若干目線が泳ぐタクトから目線を離すと、話をしながらエリナはスカートの裾を掴むと軽く揺らした。

 するとスカートから幾つかの食材が落ちて来る。

 タクトにとって前世では漫画やアニメでしか目にする事が無いような事を目の前でやってのけたエリナはそのまま料理を始めてしまう。

 あれはスカートの内側にアイテム収納用のアクセサリを仕込んでいるんだとミニエルから教えてもらうが、先ほどの事が影響しているのだろうか未だ顔が赤いタクトはただ頷くだけだった。


「野営食となりますが」


 そう言って用意されていたテーブルに置かれたのは、赤・黄・緑の三色が揃ったサラダにいつも食べている食事パン。

 それと予め仕込みをしていたのだろうか?シチューが暖かそうに湯気を立てていた。


「あれ?火も使わずにシチュー?」


 どうやったのか判らないタクトは不思議そうにシチューを見つめる。

 先ほどまで照れていたのか、真っ赤にしていた顔色も戻っている。


「出来合い物ですが、温めるだけでしたら魔法で出来ますので」


 つまり、出来上がったシチューをアイテム収納用のアクセサリに保存しておいて、取り出した際に温めたとの事。

 アイテム収納出来るものの中には時間を遅らせる効果を持つものもあるらしく、食材の保管など腐りやすいものを保存するのにとても重宝するのだとか。

 タクトの持つバッグはさらに高性能で中の時間を止めてしまうので劣化する事も腐る事も無く料理は熱量を保ったまま保存できたりする。

 だが自分の事で精いっぱいのタクトが、そのバッグを有用に活用するアイディアを思いつくのはもっと先の話になるであろう。


「魔法って便利だなぁ…よし、頂きます!」


 既にお腹の虫が我慢の限界だと騒ぐのを感じたタクトはちょっと早いお昼ご飯を食べるのであった。


「「ご飯を食べたらまた迷宮ダンジョンです」」


 勢いよく食べるタクトの姿を見てエリナとミニエルは口をそろえてそう言うのであるが、食べるのに夢中なタクトは適当に相槌を打つだけだった。

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