第17話:どうかされましたか?

 商業区画を抜けると馬車は徐々に速度を上げだした。

 徒歩で付いてきていた冒険者の二人は馬車の側面に足を掛けて確りと掴まっている。

 魔物除けの結界を抜けて暫くして幾つかの村を経由し、そこで人の乗り降りで入れ替わり立ち代わりが行われながら目的の村に近づいて行く。

 三つ目の村を過ぎ次が終点のカデナ村と言う所まで来た時だった。


「御者さん、止めて下さい。前方に魔物の姿があります」


 女の冒険者が突然声を上げる。

 前方の空に黒い影が見える。

 その影は段々と大きくなっているようだった。

 冒険者の声に御者は答えて馬車を止めると、男の冒険者が偵察してくると前方に走り出した。

 恐らく魔法で強化しているのであろう、一般人では絶対追いつけないような速度で駆け抜けていく。

 女の冒険者も目を強化しているのだろうか、遠くの存在の正体を探ろうとしている。


「皆様、現在魔物に遭遇した為一時的に停車いたします。安全が確保されるまで馬車から出ないようお願い致します。ご安心ください、冒険者が討伐に向かいます」


 御者がタクトたち乗合馬車に乗っている客に対しそう告げる。

 馬車の中は多少ざわつくものの酷く取り乱すような人は居なかった。


兎魔ウマだ!上から来るぞ!!」


 偵察に出た男の冒険者が戻りながらそう告げる。

 それと同じくらいだろうか、馬車の前方に黒い影が落ちた。


風盾エアロシールド


 馬車を包むように現れた空気の膜が飛んでくる礫を弾く。

 空から落ちてきたのは馬車を引く馬の三倍ほどの大きさの馬の形をした魔物であった。


((なぁ、魔物になると皆巨大化でもするのか?))


 タクトは前に出会い、今では晶石を利用している裏苦噛滅リクガメを思い出し相互伝心テレパシーで質問する。


((皆が皆がそうだと言う訳でないですが、その傾向は有りますね))


 こいつは割と大きい方ですよと付け加えるミニエルと一緒に窓から覗くと、兎魔ウマは再び大きく跳ねようと身を屈めた処であった。

 男の冒険者はそれを阻止しようと、剣を抜き上段に構えながら助走をつけて飛び掛かる。

 しかし刃は僅かに届かず兎魔ウマは空高く舞い上がると、馬車目掛けてその大きな蹄を振り下ろそうとしている。


「防がなきゃ………二重障壁ダブルシールド!」


 魔法の障壁を重ねて兎魔ウマの攻撃に備える女の冒険者であるが、その表情には不安の表情が残る。


「失礼します」


 太陽を遮る様な位置取りの兎魔ウマが重力により加速しながら降りて来る頃、タクトの隣で一言声が聞こえた。

 そして静かに扉が開いたかと思うと、エリナの姿が既に消えている事に気が付く。


「あれ?エリナ…?」


 突然姿を消したエリナを探そうと半端に開いていた馬車の扉を確り開ける。

 するとそこにはエリナの姿があった。


「失礼しました、終わりましたので心配無用です」


 何時もの笑顔でそう言うと馬車の扉の前に立つエリナはタクトに座る様にと告げる。

 何だか違和感を感じるタクトではあるが、言われるがまま座ってみると………

 ボト…ボトボト…

 何かが地面に落ちる音が聞こえて来る。

 冒険者の男女が棒立ちで立ち尽くす中、先ほどまで兎魔ウマであったモノがバラバラになって地面に落ちてきた音だった。


((勝手ながら、あの冒険者達では実力的に危ないと判断させて頂きました))


 相互伝心テレパシーでエリナはそう告げながら馬車の扉を閉めると、扉に一番近い席に座る。


「な、なあ…今の見えたか?」


「ううん、何も判らなかったわ」


 只の肉となり周囲に黒い液体を垂れ流すソレを見て漸く何かが起きた事を理解する二人であるが、何故こうなったのかまでは判っていない。

 ただ、判る事は魔物は既に討伐されたと言う事実だけだった。

 御者も予想外の出来事に口を開けて驚いていた。


((ああ、タクトさん。意味が判らないって顔してますけど、エリナさんがサクっとやっただけですからね?))


 複雑そうな顔をするタクトにミニエルが簡潔に伝える。


((いやいや、馬車から出て戻るまで何秒だよ、モノが落ちるより早く戻ってくるってどう言う事?早すぎませんかね?))


 声に出しそうになり思わず手で口を押えた後に驚きの心の声を上げるが、これ位ならその内出来るようになりますよと言われてしまう。

 絶対無理だと思うタクトであるが、訓練の時に無理だ無理だと言う度に出来るまで反復練習させられた経験から迂闊に無理と言えず黙り込む事にした。


((エリナさんの動きをちゃんと目で追うのなら動体視力も訓練しないと無理ですよ))


 とはミニエルの言い分である。

 どうやら動体視力も魔力の使い方次第で鍛える事は出来るらしく、次の課題になるんだろうなぁと呟く。

 その呟きを聞き逃さなかったエリナがそれは良いですねなどと言うものだから、ミニエルはケラケラと笑い声を上げだしたりも。


「し、失礼しました。これより出発いたします」


 漸く正気に戻ったのか、御者がそう伝えると馬車が動き出した。

 明らかに魔物が出た時よりもざわついている馬車内であるが、それも仕方のない事なのだろう。

 明らかに魔物出現より心理的な衝撃が大きいのだから。

 天使の核の件もあってか片足位は人間辞めてるんじゃないかと言う疑惑を抱えていたタクトであったが、そんな事どうでもよくなる位人間辞めてそうな存在が目の前にいたんだなとふと考えてエリナの顔を見上げる。


「どうかされましたか?」


 そんなタクトの内心を知ってか知らずか、エリナは何時もの笑顔を浮かべるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る