第16話:素手で十分かと

ご主人タクト様に仕えるメイドです」


 優しい微笑を浮かべるエリナに言葉を詰まらせる。

 これ以上何も聞いてはならない雰囲気を纏わせているかの様に感じてしまい、それ以上は聞けなかった。

 暫くすると、先ほどカウンターで顔を見た男性が飲み物を持ってきた。

 温かい湯気を上げる黒い液体――恐らくコーヒーだろうかをエリナの前へ。

 タクトへはホットミルクである。

 この国は子供にはホットミルクしか出さないのかと思うタクトではあったが、別段嫌いだと言う訳でも無く大人しくチビチビと飲む。

 丁度飲み干した位に扉がノックされ、返事をするとジスタが戻ってきた。


「お待たせいたしました」


 そう言う彼は手ぶらである。

 タクトの前へと移動すると深々と頭を下げる。


「申し訳ありません、タクト様に相応しい物は見つかりませんでした」


 タクトは驚くが、それを聞いたエリナは表情一つ崩さない。

 並みの子供用に作られた品など要求されていない事が判っているジスタが、あえて手ぶらで帰ってきたと言う事をタクトは察する事が出来なかった。

 精々が金額に似合う装備が直ぐに用意できないんだな程度の理解である。


「では特注オーダーと致しましょう」


 どうやらエリナにとっては想定内の出来事の様で、これから作る装備品について話し始めた。

 途中途中でタクトも判る単語が出て来るも、大半は良く判らない内容である為、全てエリナに任せる事にしたタクトはホットミルクのお替りを頼むのであった。



 ◇◇◇◇◇     ◇◇◇◇◇



 あれから採寸など防具を作るのに必要な情報を集めてから、やはり来た時と同じ様に手を繋いで商業組合本部を後にする。

 注文したのは防具のみで、武器についての話が始まる前にミニエルから待ったの声。

 どうやらミニエルに考えがあるらしく、武器は注文しなくて良いとの事だったのでエリナもそれに従う。

 タクトはどんな考えがあるのか気になり、商業組合本部を出た後も何度か聞き出そうとするがはぐらかされてばかりである。


「では、十一番迷宮ダンジョンへ向かいましょう」


 装備が手に入らなかったのに迷宮ダンジョンに行くのか?と問うタクトにエリナは答える。


十一番迷宮あの程度でしたら普段着に素手で十分かと」


「じゃあ何で商業区画に寄ったんだよ」


 これには思わずタクトも突っ込みを入れてしまう。

 だが、ミニエルの目は多少冷ややかに。

 段取りって知ってますか?などと小言を言われる始末である。


「先に注文しておかねば出来上がるまでに時間がかかります故」


 表情を変えず淡々と言葉にするエリナの声にタクトは渋々納得する。

 だがやはり装備が無いのは少し不安だなと考えている所に手渡されたものが一つ。

 親指程の大きさだろうか、四角い板状のネックレスを渡される。

 同じ物がエリナの胸元で光を反射していた。


「保険程度に考えて貰えれば」


 ネックレスについてはこれ以上教えて貰えなかったが、肌身離さず持っているようにとの事だったので早速首にかける事にした。

 胸の辺りで歩く度に軽く揺れるそれが気にならない訳ではないが、今は正体を知る事も出来ないので深くは考えないようにし、タクトはエリナに連れられるままに商業区画の馬車乗り場へと向かう。

 五分も歩かないうちに直ぐに馬車乗り場に着くと、目的の十一番迷宮ダンジョン近くの村に行く馬車を見つけて早速乗合馬車に乗り込む。

 騎士たちに連れられて乗った馬車に比べたら随分と質素であったが、これが一般的な馬車なのだろう。

 扉に一番近い席にエリナが座り、その隣にタクトが座る。

 ミニエルは姿が見えないのを良い事に、決して広いとは言えない馬車の中を飛び回っている。


「ではカデナ村行き乗合馬車出発いたします。魔物除けの結界を出る際は皆様晶石を身に着ける様にお願い致します」


 御者が注意事項を伝えると馬車がゆっくりと動き出す。

 それに伴い道中の安全確保に雇われたのだろう、二人の冒険者らしき男女が左右に分かれて一緒に歩き出す。

 例え晶石があったとしても魔物は五感を駆使して獲物を探すのに変わりはない。

 魔力を完璧に隠したとしても襲われるときは襲われるのだ。

 御者の注意に伴いタクトも事前に城で加工して貰った裏苦噛滅リクガメの晶石を使った腕輪を身に着ける。

 ミニエル測定でも強力な魔法を使うなどして大きな魔力を動かさない限りは恐らく大丈夫だろうとの事で、相当強力な効果がある代物なのは間違いない。

 エリナは特に何も取り出す様子はないが、着ているメイド服自体に晶石が使われているらしく問題ないのだろう。

 最も何故メイド服に晶石を使っているのかまではタクトには判らなかったが…

 そうして馬車はゆっくりと目的地へと進んでいくのだった。

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