第15話:もしかして凄く偉い人?

 漸く図書館通いを辞めさせる事に成功した二人はまず王都の商業区画を回ろうと提案した。

 タクトは直ぐにでも迷宮ダンジョンへと向かうものだと思っていた様で頭に疑問符を浮かべるが、まず装備を整えるべきとの提案に納得する。

 王都には三種類の区画があり、王城もある北側に住宅区画・西に工業区画・東に商業区画と大まかに分割されている。

 住宅区画に生活用品や食料品などを売る小売店などがあったりと、完璧に分けられている訳ではないが、大きな買い物をしたりする際は商業区画へと足を運ぶのが一般的である。

 途中屋台で売っている串焼きや果物のジュースなどに目移りしそうになるが、後ろに控えているエリナからはしたないと怒られるのは既に判っている事なので買い食いを控え、目的の区画へと到着した。


「ここからは私がご案内致します」


 エリナはタクトの手を取ると、優しく引くように歩き出す。

 人が多い故に迷子にならない様との気遣いなのだろうが、やはりタクトにとっては恥ずかしいものだ。

 そもそも宿もタクトと同じ部屋で泊まり、タクトがいくら二部屋にしようと言っても決して譲らなかった。

 更にベットは一つでも良いなどと提案しだす始末であった為、せめてベットを分ける事を条件にと一部屋借りる事にした程の過保護っぷりだ。

 初めの頃はミニエルも過保護が発揮される度にお腹を抱えて笑っていたが、最近では少し気の毒だなと言った感じの表情を浮かべるようになっている。

 何故ならばミニエルに対しても信仰心故か毎日祈りを捧げようとしたりとしているからである。

 ミニエルとしても本体ファヌエルになら兎も角、分身体である自身に祈りを捧げられても困るのではあるが、天使と言う立場上ハッキリと言う訳にも行かず朝の一分間をお祈り時間とする事で合意した。

 その様な事を思い出しながら歩いていると、手を引く力が弱まった事に気が付く。


「こちらです」


 手を繋いだまま歩き続けたエリナがふと立ち止まる。

 そこは王都の商業区画でも一番大きなお店…と言うより大きな事務所的な場所だった。

 商業組合の本部である。

 通いの店でもあるのかと考えていたタクトは予想の斜め上の場所に驚くが、エリナはそんなタクトの手を引いたまま中に入る。


「いらっしゃいませ、エリナ様、お坊ちゃま」


 服の価値がいまいち良く判らないタクトから見ても、明らかに立派な仕立ての黒いスーツを身に纏った黒髪の男性が柔らかな物腰で礼をする。

 思わず礼を返してから中を見渡すと、意外と質素でありカウンターが一つにテーブルがいくつか見受けられるだけだった。

 絵画や石像などの調度品などはいくつかあるものの、量が多い訳でなく、全体的にスッキリとした印象を感じる。

 連れられたタクトに対しても同じように接すると、隣の部屋へと案内された。

 エリナは軽く会釈をすると、案内されるままタクトを連れ部屋へと入る。

 中央には大きな黒い鉱石で出来たテーブルがあり、横には同じ鉱石で出来たと思われるイスが何脚か置かれていた。

 エリナは慣れた手つきで右側の中央の椅子を引くと、どうぞと声をかける。

 慣れない待遇にやや硬い笑顔のタクトが椅子に座ると、そのすぐ斜め後ろにエリナは位置を取る。

 座るつもりはないらしい。

 ミニエルがエリナも座らないのかと相互伝心テレパシーを送るも、ご主人タクト様の後ろに控えるのがメイドの務めですと返される。

 その様なやり取りをしているうちに部屋のドアを叩く音が聞こえ、エリナに促されるままにタクトは返事をすると恰幅の良い茶色いスーツの男性が入ってくる。

 心なしか先ほどの男性のスーツより良い生地を使っているんじゃないか?などとタクトは考えるが、良し悪しがいまいち判らないので深くは考えないようにした。


「どうも、お待たせ致しました。お呼び頂けましたら直接向かわせて頂きましたのですが、ご足労頂き申し訳ない」


 ドアを開けるとそう言うや否や深く頭を下げる。

 こっちの都合だからとエリナが言うと、漸く頭を上げテーブルの前に来るが座る気配はない。


「そう言って頂けると助かります。それとご挨拶が遅れて申し訳ありません、商会責任者のジスタと申します。以後お見知りおきを」


 そう言ってタクトに対し深々と頭を下げる。

 タクトは見た目子供にも大人と変わらぬ対応をする事を感心すると、椅子から降りて名乗った後に一礼するが、テーブルの陰に隠れてしまい何とも格好が付かなかった。

 エリナに再度椅子を引かれて座り直すと、商会責任者と名乗ったジスタが両手を胸の位置でマゴマゴ動かし、所謂ゴマすりのポーズとでも言うのだろうか?そのような仕草をしながら聞いて来る。


「して、今回はどの様なご用件でしょうか?」


 手を動かし続けながらの質問にエリナはテーブルに金貨を五枚並べる。

 それを見たタクトはふと前世の金銭日本円にしたらどれ程の金額になるのかと考えてみる。

 恐らくタクトの感覚だが、この国の主食であろう一般的な食事パンを一つ大銅貨一枚前後で買える事を考えて前世の金銭日本円の価値観と照らし合わせると、銅貨一枚で一円位でないかと推測した。

 なのでタクトの脳内感覚で金貨一枚では前世の金銭日本円にして一億円位の価値になる。

 そこまで考えて思わぬ大金に変な声が出そうになるのを喉元で食い止め必死で堪えた。

 多少表情に出ていたのだろうか、ミニエルから確りしてくださいと声を掛けられる。

 目の前に並べられた金貨を見てジスタは少しの口角を上げるが、直ぐに元の顔に戻すとエリナの言葉を待った。


「タクト様に合う装備を一式。これはあくまで手付とし、足りなければもっと出す。一番良い物を」


 内心では待ってましたとばかりに喜ぶジスタであるが、表向きその様に振舞わずあくまで冷静に勤める。

 では見繕ってまいりましょうと言い残し再度頭を下げると、金貨を受け取り部屋から出た。


「なぁエリナ?」


 座っているだけだったタクトはこのやり取りで気になった事があったらしく、声をかけるとエリナは優しい表情で返事をする。


「何でしょう?」


 ミニエルとしてはこれ位のやり取りは余裕だろうと予測がついていただけに、相変わらずの笑顔でタクトの肩に捕まっている。


「エリナって…もしかして凄く偉い人?」


 超高額のやり取りを顔色一つ変えず行うエリナへの印象ががらりと変わるタクトである。

 何にせよタクトにとってのエリナの謎が深まったのだった。

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