第12話:神様は死にました

 テストを終えた二人が客間へ案内されてから数日が過ぎた。

 採点を行った後に始まった会議が難航しているとの事で、結果が出るまでは城内の一部の施設を開放するので待って欲しいとの事だった。

 タクトは鍛錬場や広い庭を借りると、ミニエルに魔法の使い方を学んでいる。

 今日も庭の隅でミニエルの指導の元で魔法の訓練を行っていた。


「まずは理解が必要。身体強化攻撃力上昇は体の動を司る感じで、肉体強化防御力上昇は体の静を司るようなそんな気持ちで…大事なのはどちらも一緒に使う事だから…」


 小声で呟きながらコツを再確認すると、静かに口を閉じ精神を集中させる。

 コツを頼りに想像イメージを行い、体中に魔力を巡らせるタクトを眺めながらミニエルは巡った魔力の質量などをチェックしている。

 当初タクトはこの訓練を行った際、身体強化攻撃力上昇を成功させ、それのみで近くにあった手ごろな岩を思いっきり殴りつけた事がある。

 その時の出力はミニエル測定で百倍程であったとか何とか。

 つまり岩に叩き付ける拳の速さと力が百倍程となる訳だ。

 結果として岩に罅を入れたまでは良かったが、五歳児の体にはこの勢いを耐える事など出来る訳も無く拳はボキリと鈍い音を立て骨が折れてしまう。

 叩き付けた右手は複雑骨折する羽目となりタクトは地面をのた打ち回った。

 これは体が魔力で上げた力について行けなかった為である。

 怪我自体はミニエルが治療する事で直ぐに治ったが、あの時の痛みは計り知れないものであったろう、タクトにとってはある意味でとても印象に残る記憶となった。

 無論その時にミニエルから受けたお説教に出てきた肉体強化防御力上昇を同レベルで行わなければ当然怪我をすると言うワードを確りと心に刻み今の訓練に至る。


「どう、いい感じじゃないか?」


 身体を覆う魔力を肌で感じるタクトは己がどれ位強化されたのかが何となく判る様になってきているようだ。

 ミニエルも周りを一巡した後に合格と告げる。


「今は大体強化五倍って所ですね。ちゃんと二つの強化も釣り合ってますし良い感じですよ」


 タクトの場合の一倍は勿論五歳児並みの力となる。

 その力が五倍に強化される訳であるが、恐らくこれで漸く高校生程度の力を得る事が出来るのではと推測される。

 前世のタクトの肉体的にこれよりもうちょっと力あったかな?と言う感覚を基にしているので正確には判らないが、大体こんなものだろう言った感触であった。


「ちゃんと声も出さず、ポーズも決めず、道具にも頼らず出来ましたね。これだけ出来れば、段々と脊髄反射的にとっさに出来るようにはなりますね」


 ミニエルの言う通りこの強化を行う際、タクトは声を出す禁止されていた。

 声に出すと言うのは想像イメージを形に出すとてもやり易い方法であり、魔法を使う際には一般的にも良く使われる手法である。

 他にも姿勢ポーズを取ったり魔力の籠った道具を使ったり魔法補助イメージサポートと言われる魔法を使う事もある。

 魔法補助イメージサポートとは魔法を使う際の魔力の質量を調整する助けを行ってくれるものであり、その分意識を想像イメージに回す事でより魔法を使いやすくすると言う代物である。

 だが、タクトはそれらを全て禁じられ頭の中で考える事のみで身体強化攻撃力アップ肉体強化防御力アップの二つを同時に同レベルで行う事を求められていた。


「やっとまともに出来るようになったな、これで次に進めるな」


 強化を解いて地面に座り込むと、一息ついたように空を見上げ息を抜く。


「次の訓練はこの強化を生活レベルで使い続ける事なんですけどね」


 達成感もつかの間にどこ吹く風と消え去ってしまった気分のタクトであるが、ミニエルはそんなこと知らないとばかりに言葉を続ける。


「不意打ちされて死んじゃうなんて瞬間に”強化しておけば死ななかったのに”って後悔はできませんからね?」


 疲れた顔を隠そうともせずに空を見上げたままのタクトであるが、この世界が前世より命の危険にさらされやすい場所だと言う事はここまでの道のりで体験しただけに納得せざる得ない部分もある。


「ミニエル先生、慈悲は…慈悲は無いのですか、助けて神様~」


 顔を戻すとワザとらしく両手を合わせミニエルを拝み倒す。

 その姿が面白かったのか、思わず噴き出すミニエルであるが、タクトは容赦なく拝み続ける。

 呼吸が落ち着いた所で拝むのを辞めたタクトを前に、肉体強化防御力強化だけで良いですからちゃんと練習するようにと告げる。

 五歳児の年相応と言ったような不満の表情を浮かべるタクトが渋々了解するのを確認すると、ミニエルはタクトの耳元にまで飛んでいきある意味タクトにとって衝撃的な言葉を囁く。


「あとですね、神様は死にました」


 その一言にスパルタ教育と言う言葉が頭を過った。



 ◇◇◇◇◇     ◇◇◇◇◇



 それから暫くは修行の日々が続いた。

 いい加減神様蘇って助けて下さいよと何度かお願いしたタクトであったが、ついぞ神の声を聞く事は無く、実際に聞こえてきたのは天使であるミニエルの声だけであった。

 スパルタだとの抗議に英才教育だと言ってくださいと反論するやり取りが恒例となるほど繰り返された頃、寝てる時を除いて意識がある間は常に肉体強化防御力上昇を使う事に成功する。

 実際に成功させてタクトが知った新たな事は殆ど魔力が減らないと言う事である。

 魔法を使えば魔力が減るのはこれまでの訓練で判っていたのだが、起きている間ずっと使い続けても殆ど魔力が減った感じがしない違和感をミニエルに問う。

 すると"減る量より回復する量の方が多いんですよ、天使の核の為せる業ですね"と教えられた。

 実は片足位は人間辞めちゃってるんじゃないかと考えてしまうが、ミニエルの無言の笑顔に怖くてそちらの方は聞けず仕舞いとなってしまった。

 今日もタクトは昼からの修行の為にと、寝起きの顔を洗い身だしなみを整えていた。

 何時もの朝の光景にふと、コンコンコンコンっと四度ドアを叩く音が聞こえた。

 食事の時間以外は殆ど無反応な扉からの音に不思議に思いながらも返事をする。


「大変長らくお待たせ致しました、国王がお呼びです。謁見の間へとご案内いたします。」


 あのテストからずっとタクトの身の回りの世話をしている青髪のメイドが綺麗な姿勢でそう告げる。

 訓練が忙しかった為か、厳しかった為かは定かではないが、忘れかけていた事を思い出したように少し気の抜けた返答をしてしまうタクトであるが、それが逆に子供らしさを垣間見せたのかも知れない。

 メイドは優しく笑いかけるとドアノブに手をかける。


「準備が出来ましたら扉をお開け下さい」


 一言告げると扉を閉めてしまった。

 外で待機しているのであろう。


((ちょっと、気抜き過ぎてませんか?早く行きますよ))


 相互伝心テレパシーでミニエルから急かされるままに準備を行い客間を後にする。

 さぁ行きましょうと言わんばかりに手を差し出されて思わず握ってしまうと、そのまま謁見の間に案内される。

 この年齢前世三十六年で美人のメイドさんとお手手繋いで移動する事に多少の羞恥心が無い訳ではないが、それよりもこの後の国王との謁見に対しての方が感情が強く動くと、移動している間に心の準備社会人の心得を再度思い出す事にした。

 その姿を後ろから見ていたミニエルは仲睦まじく手を繋いで歩く姿に微笑ましいとの感想を抱くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る