第11話:じゃあ世界災害許可証の発行を



 ◇◇◇◇◇     ◇◇◇◇◇



 真っ暗な空間の中で無機質なイス二脚とテーブル一卓。

 その他に目立つものと言えば昭和初期を思わせるブラウン管のテレビ。

 テーブルの上にはティーカップが置かれ、紅色の紅茶が優しく湯気を立ち上げている。

 片方の椅子に座るは金色の髪を背中まで伸ばした少女。

 紅茶よりも赤い光を携えた瞳はブラウン管を捉えている。

 天使ファヌエルである。

 ブラウン管にはいくつかの配線が繋げられており、繋がっている操作盤には透き通るような白色をした両手が乗っていた。


「うーん、難しいですね。良く判りません…」


 ブラウン管にはタクトを転生させた時に使った白い箱が映っており、どうやら箱の解析作業を行っているようで様々な機能などの一覧が表示されている。

 ファヌエルとしては白い箱のような最新技術が詰まった良く判らないものアーティファクトより古きモノアンティークの方が好みである為か進捗具合はとても乏しい様だ。


「これは相談した方が良いかも知れませんね」


 壁は高そうだと判った所でこの箱の購入先である天使親友の顔を思い出す。

 善は急げとばかりに無限圧縮空間収納棚から通信機黒電話を取り出すと、先端が何処かに消えていて本当に繋がっているか判らないコードを多少煩わしく思いながらもダイヤルを回そうとする。


「ちょっとちょっとちょっとちょっとファヌエルふぁーちゃん!!大変だよぉ~~~」


 とても聞き覚えのある声を聴いて、タクトさんの世界には噂をすれば影って言葉がありましたっけ?などと思いながらダイヤルを回す手を止めると、真っ黒な空間を一部開く。

 そこから元気よく飛び出して来たのは先ほど思い出していた存在で、桃色の軽くくねった短い髪に青い瞳がチャームポイントと自称する天使親友であった。


「ちょっと、パラシエル。そんなに慌ててどうしたのです?」


 天使パラシエル。

 宝の天使と言われ数々の秘宝アーティファクトを作る事を仕事とし、また本人パラシエルもノリノリで趣味として楽しんでいる、そんな存在である。

 その関係から天界の秘宝店エンジェル・ショップを切り盛りする小売店の店主だったりもする。

 但しファヌエルから見たら秘宝アーティファクト良く判らないものアーティファクトとなってしまうではあるが…


「わー、ファヌエルふぁーちゃん!!久しぶり。元気してた?私は元気よ、この前の買物ぶりよね!!ってちょっと痩せた?もう、会いたかったよぉ」


 相変わらずのマイペースな行動も慣れたものでそれらの言葉をあっさり聞き流すと、どうしたのかと再度尋ねる。

 その際に紅茶をさり気なく用意するのもいつもの流れである。


「はぁ、美味しい。ファヌエルふぁーちゃんの紅茶って何時も美味しいよね…ってそうじゃなくて大変なの!ってこれこれ!!!」


 差し出された紅茶を一口頂くといつもの味に安堵を覚えるが、ブラウン管に映った白い箱を見て現実を思い出したかのように騒ぎ出す。

 ファヌエルとしてもこの箱の事を知りたかったので、渡りに船なのではあるが何だか腑に落ちない気分になるのは何故なのだろうか。


「この前ファヌエルふぁーちゃんに売ったこの箱。名前は多世界移動装置ムーブ・オブ・ワールドって言うんだけど、覚えてた?ってそれは良いの。どうせファヌエルふぁーちゃん覚えてないだろうし…」


 両手を頭の高さに持って行って掌を上に上げひらひらと動かす仕草を見せる。

 目が三白眼かのような形になっているがファヌエルは視線を逸らし見ないふりをする。

 図星を付かれてちょっと恥ずかしかったのかも知れない。


「えとね?多世界移動装置ムーブ・オブ・ワールドに致命的なバグがあったの思い出したの。生命体を召喚する時に生きたまま連れてこれるってのを売りにしてたんだけど、実際は生きたまま連れてきた生命体はそのまま連れて来るけれどそれとは別に無数にある世界のどれかからランダムでって言うバグがあってね?更に言うならその後のになっててさ?」


 話が進むにつれて凄い勢いでファヌエルの顔が青ざめる。


「ま、まだ使ってないよね?ちゃんとした正規品バグのないモノ持ってきたから交換しよ?ね?」


 額に大粒の汗を流し目が虚空に泳ぐ姿を見てパラキエルは察する。

 懐から取り出した新しい白い箱は青い瞳の少女天使の白い手からすり抜けカツンと小さな音を立てた。


「な、ななななな…何ですか!無茶苦茶に大変な事ですよ!もうとっくに使っちゃってますよ!大体ですか、不良品ならちゃんともっと早く教えてくださいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 真っ暗な空間にファヌエルの悲鳴にも似た叫び声が響き渡った。



 ◇◇◇◇◇     ◇◇◇◇◇



 暫くの間、ああでもないこうでもないとバタバタとあっちこっちに動いて慌てているファヌエルを必死で落ち着かせたパラシエルは、何とか話を前に進めようと思考を巡らせる。


「すっごく謎だけど、あのボタンを押しても生きていた本来呼び出す予定だった人は無事だったんでしょ?なら、そちら側は後で対処するとして…」


 ファヌエルはガックリと項垂れてはいるもののちゃんと椅子に座る事には成功した模様。

 今だ表情は希望の天使ならぬ絶望の天使と言った方が納得できるような顔色ではあるが。


「まずさ、その死んで転生した人タクトさんにごめんなさいしないと。今どんな状態かな?」


 話の切っ掛けにでもとタクトの現状を聞いたパラキエルは後悔する事になる。

 事故とは言え死んで転生させられたと思ったら更に死んでいたまでは自分の作った箱の所為だと言うのは予想できた。

 だがその後幼児になっているなんて想像も出来まい。

 しかもその原因がこの画面に映る箱にあると言うのだから頭を抱えるのも無理はない。


「あーー!もう本当ごめんなさい。私も出来るだけ手伝うから頑張ろう?できる事なら何でもするから、本当………ごめんね」


 普段お調子者でマイペースなパラシエルだが、起こした問題の大きさに流石に反省し声も小さくなる。

 最後の方はもう消え入りそうになり虫の音のような声量になっている。


「………あら?今、何でもするって言いましたよね?」


 項垂れたままのファヌエルの瞳が怪しく光った気がした。

 何でもと言うワードを使った事を迂闊に思いながらもパラシエルは首を上下に動かす。


「じゃあ世界災害許可証最終保険の発行を。発行連帯責任者道連れは勿論あなたパラシエルで。それとタクトさんに与える予定だった装備も壊れたので代わりとなるモノを。それから…」


 この時を待っていたとばかりに要求を突きつけていく。

 思わず項垂れていたのは演技だったのかと頭に過るパラシエルではあるが、親友ファヌエルはそこまで意地悪な性格ではないと知っているので、直ぐにその考えを頭から振り払いメモを取る。

 なお世界災害許可証とは天使が自身の管理する世界へ直接干渉する事を許可する証明書であり、この許可証が無い限りは如何に自身の管理する世界と言えど過度な干渉は禁じられている。

 これをファヌエルは既に過去に何度か発行しているが、基本一度発行されたものには期限があるので、切れている場合は必要であれば再度発行手続きが必要になる。

 しかし、この許可証を用いても世界が滅ぶような事があった場合、その責任は発行された天使存在が背負うモノとされており、発行連帯責任者に名前を記載されたものは同時に責任を背負う必要があると言う代物。

 無論失敗すれば、軽い処罰でも一万年ほどの封印処置などと重い罰を受けねばならなくなる。

 言ってしまえば最後の手段とも言えるモノの一つである。


「うぅぅぅ~気が重いけど世界災害許可証はサリエルさっちゃんに話しておくよ。後のモノは用意出来次第届けるから待ってね、超特急なるはやでやるからね!」


 言うや否や真っ黒な空間を飛び出して行く。

 その速度は光の速さを超えるかのような、そんな速さで。

 残されたファヌエルはサリエルが死を司る天使である事を思い出し少しの不安を感じる。


「ちゃんと生きて帰ってきて下さいね?」


 なんて独り言を零すのであった。



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