第5話:世界屈指の魔力を持つ五歳児が居ます

 孤児院との別れは唐突に。

 王都からの迎えがやってきたとの事で、王都直轄の騎士が数名孤児院へと訪れた。

 天使ファヌエルのお告げがあってから僅か二日後の事であり、教会や孤児院の皆も驚いていた。

 タクトは外出に備え姿見で身だしなみを整える。

 短く整えられた栗色の髪の毛に大きくパッチリと開いた赤色の瞳。

 肌は白く子供特有の手足の短さは未だ慣れないが、出来る範囲で身支度を整えて行った。

 その周りをひらひらと飛んでいたミニエルであったが、同様に姿見を覗くと、タクトと同様、真っ白な肌に目線を一瞬落とした後に赤色の瞳で背中まで伸びた金色の髪を確りと見つめ良しとウインク。

 外に出ると五年間一緒に過ごしてきた孤児院の面々が別れを惜しむかのように待っていてくれていて…

 孤児院の兄弟たちや神父と修道女との別れの一幕は傍から見たら感動的な別れのシーンであっただろう。

 だが、タクトにとっては五年間の幼年期の思い出と前世の三十六年間の大人としての記憶が未だ混濁気味であり、兎に角これまで通りの幼児としての対応が出来ているかどうかで頭が一杯であった。

 ミニエルの方はと言うと、タクト以外には見えないように隠蔽を行っているようで、皆の目の前をふらふら飛んでいても誰一人気にする様子もない。

 この二人の会話は初日こそ肉声によるものであったが、それからは声に出さなくとも相手を思い浮かべながら言葉を考えれば伝わる相互伝心テレパシーを使うようになった。

 肉声での会話を続ければタクトが独り言を言い続ける変な人に見えかねない為である。

 元々二人は何時でも天使に助力を願う権利ファヌエルホットラインで繋がっている為、いざやってみると殆ど呼吸するかのように簡単に使う事が出来たのであった。

 では、今どこで何をしているのか?

 迎えに来た数名の騎士が用意した馬車に揺られながら相互伝心テレパシーを利用してミニエル先生の異世界授業を受けている最中である。

 これまでも天使が管理する世界は管理する天使の名前から取られているという話や、そもそも魔法とはどのようなモノなのか等と言った話をしてきた。

 ミニエルが言うには一年ほど世界をぶらりと回って把握して貰う予定だった知識だったが、予想外の事態でその時間を失ったので英才教育を施しているとの事。


((ではでは、次は確か普通の動物と魔物の違いについて話をしますよ?良いですか?))


 高級な馬車なのだろう、想像よりも少ない揺れを感じながらタクトは頷く。


((まず、生き物は全て魔力を持ちます。目を瞑って暗闇を凝視するような感じで集中したら何か見えてきませんか?))


 言われた通りタクトは目を閉じて集中する。

 最初は良く判らなかったが何か細い網目の管のようなものが見えた気がした。


((…網?なんか見えた気がする))


((そうです、それは魔力神経と言う名前です。体を動かすのに脳から微弱な電気を出す訳ですが、その電気の通り道がタクトさんも良く知る運動神経ですね。それの魔力版だと思ってください))


 普段意識していない部分ではあるが、体が動く仕組み自体は人並みの理解度はある様でタクトは何となく納得する。


((つまり魔法を使うならその魔力神経に魔力を流せば良い訳だ))


 運動神経から考えた流れでそう言ってみるとうんうんと頷くミニエルの姿があった。


((簡単に言っちゃうと意識する必要は無く、寧ろそうあるべきと言う想像力イマジネイションが大事なのです))


 こんな風にね?と言った感じで馬車の窓にとても小さな空気の塊を飛ばすとパチッと小さく音を立てた。

 馬車にはタクトの護衛役として騎士が一人同乗しているが、無口な性格なのかこちらにあまり興味がないのか、ずっと腕組みをして静かに座っているのみである。

 金属製の鎧などを着込んだ状態でずっと座っているのは辛くないのだろうか等とタクトはふと考えるも意識をミニエルの授業へと切り替えた。


((魔法とは想像の力です、魔法適正と言うのは個人の想像力の高さなんです。タクトさんも落ち着いたら練習しましょうね))


 言われたタクトは自分が魔法を使ってみる姿を想像してこれも悪くないな等と思ってはちょっと顔がにやけてしまう。

 前世になかった新体験である、三十六年生きた経験があるとは言えこれは仕方がないのだろう。


((さてこのすべての生き物が持っている魔力ですが、汚れる事も有ります。汚れた魔力の事を瘴気と呼びます。タクトさんの世界では山川にある毒気の事をそう呼んでいたらしいですが、似たようなものです))


((瘴気って取り敢えず悪いものって認識で良いのか?))


 山川の毒気と聞いて健康に悪いものだなと想像するに易いタクトはクルクルと金色の髪を手で巻くミニエルに質問すると、そうですよと返事が返ってくる。


((つまり魔力が瘴気によって一定以上汚染された場合、魔物へと変貌します。瘴気は母体となる魔物の力を限界まで引き上げ、魔物は瘴気によって意識が狂い魔力を求めて魔力を持つ存在を襲うようになるのです))


 ガオー!!食べちゃうぞ~!等とリアクションを取りながらミニエルは両手を上げておどけてみせる。

 まぁ実際はそんな可愛いものじゃないんですけどねぇなんて言いながら。


((魔物の特徴として体の中に晶石と呼ばれる石が生成されます。この石の力は魔力が大きい魔物程強く、効果としては魔力を打ち消す力を持ちます))


 頭に疑問符を浮かべるタクト。

 それを見たミニエルは判りやすく説明しようと頭を捻る。


((んー、一つの魔物が持つ晶石はその魔物の持つ魔力と同じ力を持つと思って良いですよ。つまり魔物は外に魔力が漏れませんし共食いはしません。人や動物などは勿論食べられちゃいます。寧ろ魔力が高い人は好物として狙われやすいでしょうね))


 そこまでの話を聞いて歯車が噛み合ったのか、何となく理解できたかもと言った表情を作ると、ミニエルに対し質問をする。


((一つの魔物の”魔力量=晶石の力”になる様に体内で石が出来るって訳ね。じゃあ魔物を倒してその石を集めたら魔物に襲われなくなったりするの?))


 大正解ですぱんぱかぱーん!と両手いっぱいで派手なリアクションを取ったミニエルは嬉しそうな笑顔で続きを話す。


((そうやって集めた晶石を使っているのがこの馬車だったり国の魔物除けの結界だったりします。そして晶石は加工して効果を強めて使ったとしてもやがて力を失い只の石ころになるので魔物を討伐し続けなければならない訳です))


 魔物を避けるために魔物を探す人たちが生まれるとは複雑な気分になるなと思ったタクトではあったが、あえて口に出す事はしないでいた。


((魔物から生成される段階を見ても、強い魔力に対してはより強い晶石が必要と言うのが判りますよね?))


 唐突にミニエルからこれまでのちょっとおふざけの混じったお気楽な響きではなく、少し真面目な感じを受け取れる声色で聞かれタクトは戸惑う。


((目の前にいる騎士や周りにいる騎士たちも勿論魔物除けの晶石は持っている事でしょう、この馬車にも晶石が使われている事でしょう。でも、ここに人類最高であり世界屈指の魔力を持つ五歳児が居ます。さて、晶石の力は足りると思いますか?))


 話が進むにつれタクトの顔色は悪くなる。

 外に漏れないように頑張って押さえつけてもそれ以上の勢いで流れて来る水をせき止める事が出来ないのは判り切った事であるが故に、タクトにはこれから先の展開が手に取るように判る。

 そんな時だった。

 突然の爆発音が鳴り響く。

 馬車は激しく揺れ馬は暴れ出し、窓の硝子が割れると破片が飛び散りタクトに降り注ぐが、同乗していた騎士が身を挺して盾となり守る。

 鎧に当たる硝子片が甲高い音を立て馬車の床に広がった。


「ボウズ、大丈夫か?」


 盾になった姿勢を崩さず振り向かずに護衛の騎士が声をかけると、タクトは二つ返事で礼を言って無事を知らせる。

 馬車の外では騎士たちが連携を取り馬車を囲うように陣形を取ると、爆発の原因に対し武器を取る。

 この位置から五百メートル程だろうか?

 騎士の背中越しに割れた窓を覗くと、タクトは王都へ続く石畳の道に小さな丘が出現したかと錯覚するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る