第3話:幼児退行にも程があるって思いませんか?

 八割ほど体が消えて背景が透けて見えている所で唐突に声を上げる存在が居た。

 あっ!!っと何か起きたのだろうか、大きな声を上げたのはファヌエルである。


「え?このタイミング?ちょっと待って!?」


 突然の事にタクトは驚きを露にするが既に体は殆ど消えかけていて何もできず。

 そのまま闇に溶け込むかのように消えてしまった。

 見届けたファヌエルはため息一つ、両の手で頭を抱えるのであった。


「あーどうしましょう?体壊れちゃったからもうないんでしたね」


 どうやら転生先の体が無いので魂だけで世界に降り立つ事になる所だったようだ。

 このままでは転生幽霊は肉体が欲しい等と言う状態になりかねないと頭を抱えているのである。

 と大見えを切った以上、これはとても不味いと感じるファヌエルは暫し抱えていた頭から手を離すと、これからの打開策について考える事にする。


「最低限あのスペックの体を正攻法で再構築するには20年は必要です。流石にそれだけの時間をかけるのはダメですね」


 上空一万メートルからパラシュート無しダイブを決めたあの体は壊れこそしたものの、人類最高峰の性能を備えた正に英雄の肉体として相応しいものであった。

 竜の息吹ドラゴンブレスを受けても一度なら何とか耐えられるかもしれないと言うのが売り文句であったのだ、人間の肉体としては計り知れないと言うのは想像に易い。


「んー…。仕方ありません、あまり良い手段ではないのですが選べる程の選択肢が無いのも事実ですし、やっちゃいますか」


 ファヌエルは一つ深呼吸をすると胸の前で手を組んで意識を集中させるのであった。



 ◇◇◇◇◇     ◇◇◇◇◇



 リンゴーン リンゴーン


 教会の鐘が鳴り響く。

 此処は王都の郊外にある教会に併設された孤児院。

 数名の孤児とそれらを保護する神父と修道女が優しく見守っている。


「あなたがここに来てもう五年が過ぎたんですね、時間が経つのは早いものです」


 五年前のとある日、この教会の前に捨てられていた一人の男の幼子。

 雪の降る中保護されたその子も例外なく他の子と共に育てられる事となった。

 その時の事を思い出したのだろう、修道女の目がしらに光るものが見えた。


「さぁ、今日は君の五歳の誕生日だ。天使様に祈りを捧げ加護を授かろうではないか」


 この国では生まれてから五歳になると教会にて天使に祈りを捧げ加護を得る事を一つの儀式としていた。

 この儀式はとても大切なもので、祈りを捧げる事でこの世界の一員と認められ何かしらの力を授かるのである。

 例えば火の加護を授かった者はちょっとした火傷程度ならすぐに治ったり、火を扱う事に長けた才能を持っていたりする。

 水の加護を授かった者は水難事故に遭った際、運よく陸に流れ着いたりと。

 正しくその力に愛されたかのような事が起きるとされていた。


「はい、神父様、修道女様、行ってきます」


 声を掛けられた男の子は二人に一礼すると、祭壇に向き直り手を組み膝を折る。


「天使様、僕は五歳になれました。今まで見守ってくれてありがとう。これからもお願いします」


 たどたどしくも自分の言葉で祈りを捧げる。

 後ろで見守っている二人も優しい笑顔を浮かべている。

 しかし祈りを捧げる途中、突然男の子の肩が震えだす。

 最初は緊張しているのかと思った二人であったが、余りに激しい震えに思わず手を出そうとしてしまう。

 だが、これは神聖なるものであり中断させる訳には行かないと思い留まる。


「ど、どうしたの?大丈夫?」


 修道女が溜まらず声をかけるが男の子は返事をしない。

 それ処か全く聞きなれない声が聞こえて来た。


「い、今のは…」


 上手く聞き取れなかったのか神父と修道女は辺りを見渡しながら声の出処を探ろうとする。


 ――――この時を待っていましたよ――――


「確かに聞こえたぞ、一体誰だ?」


 狼狽する二人。

 先ほどまで肩を震わせていた男の子はまるで頭痛が酷いかのように頭を抱えて蹲る。


 ――――私はファヌエル――――

 ――――あなた達の信仰は私の元へと届きました――――

 ――――さぁ今こそ新たなる勇者の目覚めです――――


 その名を聞いた二人は跪き首を垂れる。


「ああ、天使さま、天使様からの有りがたきお言葉が」


 聖職者にとっての絶対的存在、この世界で最も信じられている存在、天使ファヌエルからの言葉に感極まった二人は顔を上げる事が出来ず只首を垂れ続けるのみだった。

 一方の勇者と言われた男の子の方は終始無言であった。

 だがその頭は思考で満たされている。

 実の所声を上げようとしても上げられない状態であった。

 何かの力により押さえつけられているかのような圧力によって封じられているのである。

 頑張ってもがいてみようと試みるが何をしようとも声を上げる事叶わず、その内身動きが取れなくなっている事にすら気が付く有様。

 暫しの時が流れるまでこの状態が続くのであった。



 ◇◇◇◇◇     ◇◇◇◇◇



 男の子は混乱する頭を押さえつけると、平静を取り戻したかのように振舞う事に徹すると決めた。

 それが出来たのも頭の中に響く声のお陰ではあった。

 だが、同時にこの声の主が混乱を招いたのも事実である。


 祭壇での出来事は男の子を勇者とするに十分すぎる出来事であり、だがそれを心配する二人を宥め取り敢えず一日考えたいと部屋に籠る。

 そこで周りの目が無い事を十二分に確認すると漸く本題を切り出す。


「おぉぃ!どう言う事だよ!!」


 額に欠陥がぷっくりと浮かび上がるほどの正しく激おこ状態なのが丸判りな男の子の前に全長10センチ程の大きさの少女が空中に浮かび上がるように現れ弁解を始める。


「いやぁ、上空一万メートル事件で肉体が無くなっちゃたでしょ?その所為で転生する体がなくって…だから作っちゃったの」


 どう見てもファヌエルそっくりなこの小さな少女はなおも言葉を続ける。


「それでファヌエル私の本体が自分自身の核を一部切り取ってあなたの残滓と組み合わせて作りはしたんだけど、どうしても赤子になっちゃう訳でね?」


 段々と額に流す汗を増やしながらもなおも続ける。


「ほ、ほら、天使ファヌエルの処女受胎って感じかな?今のあなたってとっても凄い存在よ?恐らくその状態でも正しく力を解放したら人類最強じゃない?」


 ちょっと無理あるかなぁなんて内心思いながらも苦笑いを浮かべつつ説明をする少女。


「と言う事で私はあなたが選んだチートですよ、名付けて何時でも天使に助力を願う権利ファヌエルホットライン!」


 少しでも明るく振舞おうと大げさに両手両足を駆使してオーバーなリアクションを取ろうとするが、目の前の男の子には通用しない様だ。


「なぁ、小さいファヌエルさんよ。ちょっと聞きたい事があるんだけど良いか?」


 漸く口を開いた男の子はとある質問をぶつける事にする。

 何とかしようと足掻く少女はそれを切っ掛けにしようと受け入れる。


「幼児退行にも程があるって思いませんか?」


 その言葉を口にした男の子――タクトはとても辛そうに笑うのだった。

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