#40:彷徨する


「あなたは一体、誰なんですか? 僕の……何を知っている?」


 だが、しかし、直球。結局、そんな棒球を放るしか、今の僕には出来なかった。どんなに記憶を掘り下げようとしても、何も出てこない。何も……出てこないんだ。


 何か思い出せないか、とひとりで思考を巡らせている時は、薄黒い水を湛えた、大きな池のような、そんなもやもやはっきりしない水底を……顔をつけなければ、両手がその底まで届かないような絶妙な深さの……そんなところを必死で手探っているような気分になる。


 もちろん、その汚泥のような底に溜まった物をいくら掻き回しても、得られるものは何も無いのだけれど。


 そんな中、唯一の手掛かりとも言える、「予言」と「予知夢」に、僕はすがりついた。それは、あるのかどうかもわからない「活路」を見出そうとしてのことなのかも知れない。


 そしてこの、入り口も出口も見えない、そもそもどちらが入り口だか出口だかも分からない、薄暗いトンネルの中をさまよっているような、そんな不安定で不確定な現状から、何とかして這い出そうと、四苦八苦している。もがきながら、のたうち回りながら。惨めに。


「……」


 でも、それが僕だ。今の僕だ。そしてもう、記憶を取り戻す事に、そこまで執着していない自分にも気づく。全てはさくらさんと出会えたから。今を生きるよすがを見出したから。


 必死でそれを完遂しようとしている「予言」も「予知夢」も、本当は、本質のところは、どうでもいいのかも知れない。僕の脳が見せている単なる願望から来た妄想である可能性も否定できないわけだし。


 それよりも僕は、その独りよがりの妄想に過ぎない「未来」を、本当の事にしたいとだけ、それだけを強く、脳の底の底で思っているだけなのかも知れない。


 さくらさんといる未来。過去を持たない僕にも、描ける唯一の希望の絵図。


 柵に寄り掛かった姿勢で、にやにやとした笑みを浮かべながら、シンヤは煙草をふかしているだけだ。その吐き出された煙が風に乗り、僕の顔をなぶるけど、不思議と不快な臭いは感じなかった。マスクも、ノーズクリップも外しているというのに。


「……」


 僕は……いや僕の体は、シンヤに対して、不愉快さを感じてはいないかのようだ。頭ではこんなに、嫌な気持ちになっているというのに。


 ますます、わからない。でもこいつとの間に、過去、何らかがあったことは間違いないように思えた。頭蓋骨の裏辺りが、さっきからずっとぞわぞわしているし。


「ボクは僕さぁ。シンヤは真なりってね。ボクこそキミの真なる味方。だからぁ、一蓮托生、協力し合った方が、早いとこ記憶も取り返せると、そう思うんだけどねえ」


 鼻から煙を吐き出しながら、シンヤがこちらを向き、さらに気持ちの悪い笑みを深くする。


 何かはぐらかされたかのような……そして、真剣に答える気はさらさら無いようだ。


「真なる味方」? 前にも似たような事をのたまっていたけれど、そんなことが信用できるかって話なわけで。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る