#27:反映する
「あ、戻ってきた」
おおっとお!! 目を開けた瞬間、「予知夢」と同じくらいに眼前に迫っていたさくらさんと目と目が至近距離で合ってしまい、動揺して思い切り口から吸い込んだヒョオオ、という音がマスクを通しても漏れ出てしまう。
「……無理やり起こす必要ないってわかってたので、そっとしてました。次の開演が詰まってるってわけでもないですし、ここ」
だいぶさくらさんの方も「これ関連」のことに慣れてきているみたいだ。にこりと笑みを浮かべながら、そう僕に語りかけてくるけど、いや、近いですって。慌てながら、あああそうなんですねぇ、と間抜けな返ししか出来ないじゃないですか。
「……気を失ってからの柏木さんの顔、ずっと見てました。うまく説明出来ないですけど、何か男前っていうような顔つきでしたよ?」
言いつつ、くすりと笑うさくらさん。なるほど、昏睡中の僕の表情は、「予知夢」の中の僕の表情に引っ張られるんだ。良かった。実際の僕の表情が反映されたのなら、かなりでれりとしていたに違いないから。
「……」
と、そんなことで安堵している暇も無い。例のごとく、僕の左手が意思を持って動き始めているじゃないか。まあ、この「予言の自動書記」についても、僕は準備万端で臨んでいるのだけれど。膝に掛けられた毛布の下で、車椅子の座席と肘掛けの隙間に突っ込んでいたメモパッドを引きずり出し、同じく差し込んでいた金属製の小さなペンを握る。準備完了。
「……でも音響? ですか、それによっても記憶が呼び覚まされるってことが、証明されたってことですよね……嗅覚、聴覚、なんか、興味深いです」
さくらさんが宙の一点を見つめながら、思考に沈むかのような声色で言うけど、実際は違う。今回もやはり嗅覚。聴覚云々は、僕の打った仕掛けなわけで。さくらさんを騙すのは本当に心苦しいけど、でも「予言」の成就。この事に重きを置いて、遂行させていただきました。今回だけ、許してください。そして、
「……何か、思い出せました?」
やはり、その質問は避けられないよね。「記憶が呼び覚まされる」とさくらさんには告げているものの、実際には「予知夢」であるわけで。この辺の事も伏せてはいるのだけど、何かもう、いろいろ騙しまくりじゃないか、と僕は込み上げてくる罪悪感に、しばし思考を止められてしまう。それでも、さくらさんは僕の返答を、さっき見た予知夢であったような、小首を傾げた非常に可愛らしい仕草で待っているわけであって。ああ……だんだんと夢と現実の区別がつかなくなりそうだ……
でもまずい。「何を思い出したことにする」については、全くのノープランだったよ。
僕は余裕を持って語りだそうとする振りをしながらも、脳内をフル回転させて最適な回答を紡ぎ出そうとしていた。そして、
「……海。波打ち際に……いました」
結局出たのは、そんな曖昧な言葉。しかも、さっき、こんないい天気なんだから行きたいよなあ、と考えていたことを安直に述べただけだ。思わせぶりに、そんな入りから「記憶」をでっち上げようとする僕だが、さくらさんは何故か、えっ、というような少し驚いた顔を見せていた。ん? どうしたんだろう?
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