#13:嫌悪する


 -柏木さんっ!!


 頭の中がぐつぐつと煮込まれるかのような猛烈な熱さとむずがゆさを感じ、思わず顔を歪めていた僕の耳に、清浄な風を吹き込むかのような声が飛び込んできた。白い壁に取り付けられたスピーカーから聞こえてきたのは、他ならぬ、さくらさんの切羽詰まった声だったわけで。


 -心拍・血圧が平時より逸脱したのを感知しましたっ。いま看護師を向かわせてますけど、大丈夫ですかっ!?


「……」


 僕を本気で心配してくれている声色としか思えない。この人が僕を騙しているなんて……思えないし、思いたくもない。


 と、仰臥した僕を見下ろすかのような姿勢でいたシンヤは、ゆっくりと、しかし無駄のない動きで僕のベッドから離れていった。そして僕の足元の方向、スピーカーのある白い壁際まで、音も無く移動する。何だ?


 -柏木さんっ!?


 いや、今はそれよりもさくらさんの呼びかけに答えないと。


「あ、その……」


 僕が慌てて乾いた唇を開きかけた、その瞬間だった。


「……やあー佐倉クン。僕だよ。シンヤだ」


 くっくと笑い声を立てたかと思うと、いきなり馴れ馴れしく、シンヤはさくらさんにそう声を掛けたのであった。


 -えっ、シンヤ先生?


 と、スピーカー越しのさくらさんの声の感じが急に安堵と親しみを滲ませたものに変わる。こいつ…何者だ?


「……夜勤明けだったが、気になったんで寄ってみたんだ。キミが気にかけている記憶喪失の患者さんにひと目、会っておきたくてね」


 壁に寄っかかって、上目で頭上の白いスピーカーを見やりながら、シンヤが抜け抜けとそう言ってのける。その顔に、いやらしい笑みを貼り付けたまま。


 -そう……だったんですね。あ、今、映像つながりました。柏木さん……はひとまず異状はなさそうです……ね。良かった。気分はいかがですか?


「あ……大丈夫です。ちょっと急な来客だったもので、びっくりしてしまいまして」


 僕の上っ面だけの言葉に、満足げに頷いて見せるシンヤだけど、別にあなたの味方をしたってわけじゃないですからな。何というか、諸々を伏せておくべきと、今はそう感じたわけで。


 -そうですか。安心しました。数値も戻ってきてる……と。……あれ? シンヤ先生はどこにいらっしゃるんですか?


 そんなさくらさんの問いに、


「……カメラの死角。髭剃ってないし、顔も脂でテッカテカなんだよ。キミにそんな残念な顔を見せるのは、ちと勘弁って感じだ」


 淀みなくシンヤはそう受け答えをしている。こいつ……何故そこまで余裕? 自信なのか何なのか、そんなものに裏打ちされたかのような態度や物腰に、僕は嫌悪感を覚える。けど、それだけにシンヤの「警告」を、ありえない事として一蹴できなくなっている自分にも気づくわけで。


 でも、さくらさんを疑うことなんて、僕には出来そうもない。


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