#14:誤解する


 -ふふ。少しは隙があった方が、男性も女性もいいらしいですよ?


 そんな含み笑いを孕んだ、さくらさんの声が病室に響き渡る。僕にとっては正体不明の髭男「シンヤ」も、さくらさんからしたら、頼れる大人の男性、ということになるのだろうか。先ほどからかなり親しげな感じでさくらさんは語りかけている。僕に接している時よりも、何かより親密というか。それが少し悔しいんだけど。


「はっは!! ボクはそもそも色々とすっぽ抜けてるからなあ。ま、ま、ひとまず帰るとするよ。柏木クン、では『また』」


 シンヤは軽くそう言い残すと、カメラの死角になるのだろう、壁際をまた例のふわりとした足取りで病室のドアの方へと歩き出す。その大柄な後ろ姿が出入り口から消えると共に、外から年配の看護師が入ってきた。僕の姿を認め、何事もないことを確認してくれたようだ。にこりとした後で、点滴を換えましょうね~と歌うように言いながら準備を始める。


「あ……」


 シンヤ……まだ聞きたいことは沢山あるのに。しかし呼び止めても無駄そうだ。こういう時、自由に動かない体が恨めしい。


 -柏木さん。シンヤ先生は信頼できる方です。でもだいぶ独善的なところも多々ある感じの人なので……何かご気分を害されましたら申し訳ありません……


 突然の訪問をさくらさんが代わりに謝ってくれるけど、いやいや。より二人の親密さを見せつけられたようで、僕は少し閉口してしまうけど、いや、ここは知るべきことは知っておかなくちゃならない。


「……あの『シンヤ』ってヒトは一体……?」


 「先生」ってさくらさんは呼んでいる。……ということは、薄々分かろうものだけど。でもちゃんと確認は取っておいた方がいいわけで。


 -英心会の川崎の方に勤務されています。精神科のベテラン先生ですね。


 やはりか。しかし何故僕の様子を探りに?


 -私が勝手に柏木さんのことを相談してしまったんです……ごめんなさい。でも嗅覚に付随する記憶の想起というのは非常に珍しくて……


 あ、いや、さくらさんを責めているわけではなくて。シンヤの言動やら「警告」やらが気にかかるわけで。僕の記憶についても何か知っているかのような……そしてさくらさんの事も何か知っているというか。


 -でも、昨日の今日でこの院に出向いてくれるなんて意外でした。約束は明日だったんですけどね。


 さくらさんが一瞬、不思議そうに言うけど、あの男の事だ、約束なんて関係なさそうに思える。清々しいまでの「独善」……数分対峙しただけでもそれは伝わってきた。そして終始芝居がかったようなわざとらしい語り口。やっぱり信用は出来そうに無い。


 -ああ!! そうでした柏木さん。頼まれていた件、許可が出ましたので、今日中にはお届け致しますね。


 思い出したようにさくらさんが明るい声を出す。そうだ。昨日頼んでみた事。「許可」と言っても、もちろんいきなりの外出許可とか、そこまで大それた事ではなくて……


 -旧式のノートしか無かったのですが、一応、ネット環境は大丈夫だそうです。柏木さんから何かをしたいという申し出は初めてでしたので、少し嬉しいです。


 さくらさんの嬉しそうな声は、僕の心をも温かくさせる。やはり、あの男の言っていた事は出鱈目なんだろう。もしくはさくらさんから僕を遠ざけて自分が……という下衆な目論見なんじゃないだろうか。そんなことを思って自分を落ち着かせてみる。ともかくパソコンを確保できたので、「予言」の事とか、色々と対策を取れるようにはなる……かな? 僕はさくらさんにお礼を言う。


 -何か調べものとか……でしょうか?


 そしてそれに対してのさくらさんの当然の問いだけど、これについては馬鹿正直に答えることは出来ない。この僕の……「作戦」。それについてはまだ絶対に伏せる。しかし嘘をつくことが生来得意でない僕は、


「あ、いや、え~と、まあそうですね、調べもの……です」


 しどろもどろになってしまった。それがまずかった。


 -あ! ……い、いえ、その、別に詮索するわけでは……!! い、いろいろありますものね、だ、男性の方はその……いろ……いろ……


 その挙動の不審さが、あらぬ誤解を招いてしまうわけで。いやいやいや!! さくらさん、それは断じて違いますよ? 違いますって!!


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