#12:警告する


「……その」


 何かを言いかけようとした。見慣れぬ人物を前にして。何を言おうとしたかはわからない。が、


「あーあー、なぜ君を訪ねてきたか、だろ? わかってるわかってる。君の思考はわかっている」


 それを軽く遮って、「シンヤ」と名乗った四十歳くらいの男は、力強いが無駄な力は抜けたような、そんなふわりとした独特の歩様で、白い病室を横切って、僕の横たわるベッドへと寄ってくる。掛けられる声も極めて自然体な感じだ。でも、それだけに底の見えない恐ろしさみたいなものも、僕は感じているわけで。


 そして僕の方からは見えないけど、ベッド脇の丸イスに、これまたどっかと言うかふわりというか、よく形容できない不思議な体さばきで腰かけたようだ。何か武術でもやっているのか? 次の瞬間、僕の視界の中心に、いやにぎらついた精力的に見える髭面が迫ってくる。


「『忠告』をしに来たんだぁ、柏木恵一くん」


 僕を斜め上から見下ろすその顔は緩やかな笑みを形作っていたけれど、その目は引き込まれそうな深さを持って僕の瞳を覗き込んでいる。僕の、胸と腹の間くらいから、もわりと熱い何かが広がるようなそんな不気味な感覚がこみ上げてくる。何なんだ、このヒトは。


「あ、あの……」


 寝そべった無防備な体勢が、そして未だ思うままに体を動かせないことが、僕の恐怖感をさらに煽るわけで。微笑みを常に湛えているのに、心では笑ってはいないと思われる、その大柄でがっしりとした体躯の「シンヤ」は、仰向きの僕に覆いかぶさるかのようにさらに顔を近づけてきた。そして、


「……いや、『警告』か。警告する。『佐倉めぐみ』との接触を避けろ」


 !! ……こいつ、さくらさんを知っている……!? そして僕が聞きそびれてしまった下の名前も知っている。さくらさんは……そうか、メグミさんというのか。いや、名前のことは今はともかく、「警告」の内容が……何だ? でも、


「な、なぜ……」


 情けないことに虚勢すら張れないまま、そんな掠れた声が喉元から流れ出るばかりの僕に、


「『佐倉めぐみ』は君を騙そうとしている。君が記憶を呼び覚まそうとするのを妨害してくるだろう。君が本当の自分を取り戻したいのなら、彼女とは距離を置け」


 畳みかけるようにして「シンヤ」はそう言ってくる。その目からは何を考えているかは分からない。怪しい事この上ないその物言いだけど、何故か僕はその言葉が一面の真実を告げているような……そんな直感を感じていた。確かに、さくらさんは僕に何か隠しているような態度、振る舞いをとる時がある。まるで僕を以前から知っているような……?


「……」


 気になる点はまだある。精神科医の卵が、いきなり僕のような結構ディープなケースを担当するものなのか? はじめに僕の前に姿を現さなかったのは何故だ? 記憶を想起させると考えたからか? そしてそれがまずいと判断したから? 昏倒した時に見る「未来予知」のような映像で彼女が出てくるのは何でだ? 「予言自動書記」に必ず彼女の名前が入る理由は?


 混濁する頭の中で、失われている記憶の断片たちが、思い出せとばかりに、ぐにょぐにょ蠢いているような感触が僕を襲う。脳が……熱い。


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