第4話 あなたと過ごす終末。

~前書き~ 

 いよいよ物語が盛り上がって参りました!


 第4話、お楽しみください!


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「夜の教団長、アグネス・ファニーアイズ。愉目君。”重夢見”正統後継者である君に話がある」


 突如目の前に現れ、私たちを速やかに無力化した黒ずくめの長(おさ)らしい金髪の外国人女性は流暢な日本語でそう名乗った。よく見ると片方の目は義眼ようだ。いやまて、”ファニーアイズ”? どこかで聞いた事がある名前のような……?


「”ファニーアイズ”ですって!? そんな訳ない! ファニーアイズ家はあんた達と対極にある家系なのよ! でたらめ言わないで! うっ……」


 首筋に何かを撃ち込まれ意識を失う彼女の姿が視界の隅に映る。


「想理っ! ……貴様、何をしたぁっ!」


「そう慌てるでない。しばらく眠ってもらっただけさ。それに……そう憤っても君が何か出来るわけでもないだろう? 良く考えるんだよ。今とれる”最適解”ってやつをさ」

 

 憤慨する私と対照的に、聞き分けのつかない子供をあやすようにしゃべりかけてくるアグネス。

 

「ほら、そこに掛けたまえ。疲れているだろう?」


 いつの間にか用意されていたおしゃれな喫茶店のバルコニーにありそうなテーブルと2つの椅子、そして質素だが気品を感じさせるティーセットが1組。意図が分からない。


「こうやって顔を突き合わせるのは初めてだったかな? 私の可愛い従弟よ」


「御託はいい。さっさと要件を話せ」


「唯一の親族からここまで嫌われてしまうとは……世界とは残酷なものよ……」


「でたらめ言うな! さっさと要件を話せ、そして今すぐに想理を開放しろ!」


 琥珀色の水面が波立ち、ティーカップの淵から滑り落ちた。


「はぁ……これだから”重夢見”持ちの人間は……人の話を聞かない、受け入れない、大事にしない。まぁ、それだからこそ、”選ばれた”のだけどね」


 洗練された……強烈な機能美を備えた”機械”の腕で頬杖をつき、意味の分からないことを抜かす女。精神的負荷が理性というプレートにひびを入れる。


「なぜその能力について知っている!? お前は何者なんだ!? 早く答えろ!」


「私は君の従者であり、保護者であり、君と同じ方向を向く者だよ。私は”周回者”ではないが前回の顛末を知っているし、あるいはこれからの顛末を知っているかもしれない。そして、確かに言えるのは”私が世界の破滅の望む人物ではない”ということさ。満足して頂けたかな?」


「お前……”1回目”と”2回目”を知っているのか……!?」


「それは君の夢をもって確かめてくれば良い。……もう勘付かれたか。私の無駄話に付き合わせてしまって申し訳なかったね。ありがたくない迎えがやって来そうだからそろそろ勧誘に入ろう。……と言っても今回、我々の目的はすでに果たされているんだ。聞き流してもらっても構わないよ」


 唐突に張り詰める空気。あまりの緩急に精神が悲鳴をあげる。


「我々と共に世界を救う気はないかね? もっとも、それは君の”死”をもって完結するが」


 プレートが崩壊する。


「ふざけてるのか?」

 

 津波が押し寄せる。言語化不可能な感情の激流は砕け散った理性を押し流す。


「愉目 重見ゆめ えみ君。君が真実を知った時、”誰もいない公園”で、また会おう」


 視界が真っ黒に染まり、意識、が


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「ねぇ愉目君! 起きて、起きてってば!」


 愛おしい声がけたましく鼓膜を震わす。意識が浮上し、世界に回帰する。


「やっと起きた! もう、心配したんだからね!」


 慌てて身を起こすと、美しい薄茶色のショートボブが私の胸にぐりぐりと押し付けられる。少し痛い。

 ついさっきまでいた物々しい雰囲気をまとった黒ずくめ達の姿はどこにも認められなかった。


「奴らは?」


 涙にぬれた美しい碧眼がこちらを見据える。


「分からない。私が起きた時にはもういなかったわ。ってそれよりも何かされなかった!? 大丈夫? どっか不調が出てることはない!?」

 

「君にぐりぐりされたところ以外は健康そのものだよ。そういえば……」

 

 『”俺の死をもって世界の滅亡が回避される”』喉元にせり上げてきた言葉が途中で引っかかる。想理に言うべきだろうか? いやしかし、彼女をこれ以上心配させたくない。それにたかが狂人どもの戯言だろう。僅かな逡巡の末、私は出かかった言葉を飲み下すことに決めた。


「そういえば……?」

 

「いや何でもない。気にしないでくれ」


「何か思い出したり、気になったりすることがあったらすぐに言ってね! 私だけは何があってもあなたの味方なんだから! それにしても大変な目に遭ったわね。……夢の国、行けないじゃない……」


「ははは……」

 

 乾いた笑いが出る。こんな非常事態後でもうちの彼女は〇ズミーランドの心配をしていたらしい。さすがはボッチ歴の更新が19年をかけてやっと止まった女である。伊達じゃない。なにっ!? 想理がこちらをジト目で睨んでるいるっ!? 渾身の愛想笑い(バレバレ)が見破られただとっ!?


「……あなたと一緒じゃなかったらこんなに行きたくないわよ」


 うちの彼女は世界一可愛い。間違いねぇ。


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「解読終わったぁ!!!」


「おつか……みぞおちに入ったぁああ」


 勢いよくとび込んできたショートボブの弾丸を受け止める。チョー痛い。

 うちの彼女は襲撃事件の後、新規モーションを2つ(飛び込み抱き着き、頭ぐりぐり)獲得したらしい。可愛くて痛くて目が回りそうです。


「いちち……それで、何か分かったのか?」


「ええ、後で翻訳した本も見せるけど、とりあえず今は概要だけ説明するわね。資料によるとヤツは”黒き靄、亡骸を食む(はむ)者”と記載されていたわ。起源ははるか古代の名もなき国に遡り、国守の”対概念用概念”としての信仰が行われていたみたい」


「ちょっと待ってくれ”対概念用概念”ってなんだ?」


「例えば……そうね……ある国民から反感を買っていた王権があるとするわ、そこでは反乱が頻繁に起こっていたとする。あなただったらどうやってその反乱を鎮める?」


「うーん……国民の…不満を解消するとか……?」


「あなたってやっぱり優しいのね。そういうところ、好きよ」


 ふふっと笑われながら唐突な愛の告白が繰り出される。


「そうね。重見君の意見に1つ意見を出させてもらうと、そもそも国民の不満が解消できるような王なら頻繁に反乱が起こるような事は無いと思うの」


「確かに」


「話が脱線したわね。そう、普通は反乱を鎮圧するとか、首謀者を捕らえるとかみたいな考えになるんだけどね、古代の人々はそう考えなかった。”王権に反抗する”っていう概念自体を反転させてしまおうっていう考え方をしたみたいなの。異常に長く続く王権制度が出来上がっていたのはこういう仕組みだったわけよ」


「そしてその概念は長い歴史を経て変化し、”王は神であるため反逆してはならない”という考え方に変わったいったらしいわ」


 明かされる衝撃の新事実。しかしこれでは1つ疑問が残る。


「そんなものがどうやったら人類滅亡に結び付くんだ?」


「”既存の概念を反転させる”という所がポイントね。世界の有りよう自体を『世界』という基本概念と見立ててみて。今の『世界』は一見光に満ちているように見えて私達、陽の教会だったり夜の教団だったりその他にも多数の暗部がひしめいているわよね? つまり『今の世界=光が部分的に差し込んでいる世界』と言い換えることが出来るわ。そしたらこの概念を反転させてみて」


 突然の質問に頭が混乱する。なぜ文系学生(作者)なのに数学に命題問題のような思考をせねばならんのだ……


「……えっと、『今でない世界=光が全体的に差し込まない世界』ってことか?」


「そう、その通り! つまり『これからの世界=暗闇に満ちた世界』となるの。夜の教団も考えたわね……してやられたわ……」


「でもそれって……もう打つ手無しじゃないか? その神性はすでにその”概念”を広めてしまったわけだろ?」


 黒い靄が心を満たしていく。しかし、


「逆に考えてみて、神性自体に害がある訳じゃないの。神性が広めた”概念”に害があるということは、それをまた上書きしてしまえばいい。概念とは世界を広く覆うもの、この性質を突くわ。あなたや私の中にある小さな概念でもそれは全体につながっている。つまり誰かの中の概念を変えてしまえば、全体の概念も変えられるの」


 まだ希望は消えてはいない。


「もちろん、簡単なことじゃないわ。概念を変えるなんてことには非常に大きな力が必要になる。でも心配しないで。もう根回しは済んでいるから」


「どういうことだ?」


「1月1日。新年を祝う全世界の思いで世界を変える。今年のHappy New Yearは派手にやるわよ」


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 今日は1月1日。新たな2021年の門出を祝う日。そして、我々人類の希望が懸けられた日。


 想理はここ最近忙しくしていたが今日は私と一緒にいる。


「……重見君。私が”眠っている”あいだ、抱きしめていて……」


 自信満々な普段の姿からは想像もつかない不安げな彼女を無言で抱きしめる。ほのかに漂うボディミストの香りが鼻先をくすぐる。


 古来より深層心理を操ることを得意とする「深観(しんがん)家」現当主であり、”4月1日の悪魔”研究の第一人者として名高い彼女は「暗闇に満ちた世界」という概念を強引に捻じ曲げる作戦の最終段階を任されていた。


 その作戦とは、「自身の深層心理に入り込み、住み着いた概念を払拭する」というもの。


 なぜこの作戦に人々の思いを利用するかというと「夢」とは人の処理しきれなかった記憶や感情を整理するものであるため、「夢」の魔法行使と人々の感情が込められた「思い」は親和性が高いためだそうだ。


 そして1月1日は大半の宗教においてめでたい日であり「思い」を集めやすいため今日、この作戦が決行された。


 そんな全世界の思いを集めた世紀の大作戦が行われるのは研究所等ではなく、なんと想理の自宅。


 術者の精神状態が魔法行使に大きく影響を及ぼすためもっとも落ち着ける場所である自宅が選ばれたそうだ。


 ちなみに、私は何も知らされていない想理の恋人ということになっている。当然、教会内からは強い反発があったが彼女からの強い要望や全世界の存亡がかかった一件ということで特別に許しが出たらしい。ありがたい。


「じゃあ、行ってくるわね。無事に終わったら初詣にでも行きましょうか」

 

「そうだな」


 そう言うと、彼女は”眠り”に落ちた。私たちの希望を映す夢を見る為に……


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「ハァッ……ハァッ……ううん゛……うっ」

  

 想理に異変が現れ始めたのは作戦が決行され始めてから30分も経っていない時だった。美しい額からは夥しい量の汗が吹き出し、女性らしい丸みを帯びたラインの身体からは高熱が放出される。今頃彼女は自分と世界に巣くう悪魔と闘っているのだろう。

 

「頑張ってくれ……っ!」

 

 世界の命運を背負わされ、1人孤独な闘いを強いられる事になった彼女の姿を見ていると残酷な運命と無力な自分への憤りが募っていく。

 

 思えば、私はいつもいつも彼女の後ろに隠れて守られているだけだった。偶然手に入れていた能力に物をいわせ、世界を繰り返す事しか出来ない自分。何か彼女の役に立ちたくて学んだ基礎的な魔法も、今この場においては何の役にも立たない。

 

 この30分あまりで何度彼女と共に闘えたらと思ったことだろうか。……ん?

 

「なんでっ……こんなにっ……眠いんだ!?」

 

 意識が瞼の裏に引きずり込まれていく。おかしい、何かがおかしい!? まるでこれは……夜の教団に襲われた時の……

 

「ガッ!? うっ!?」

 

 全力で睡魔に抵抗していると唐突に電流が体にほとばしったような衝撃が走った。そして……

 

 ”意識が想理の中に吸い込まれていく”

 

 残った力を振り絞り、彼女の身体をより強く抱きしめる。私は薄れていく意識を手放した。

 

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「……?」

 

 あたり一面に広がる黒い靄でうっすらと覆われた白い空間。聞こえるのは鼓膜をつんざく金属音と聞き覚えのある女性の声のみ。音が聞こえてきた方向に目線を向けると、そこでは……

 

 ”私の姿を模した何か”と想理が、激しく漆黒の刃と氷の刃をぶつけ合っていた。

 

「……ハァッ!」

 

 気迫のこもった清らかなクリスタルの刃が正反対に光を飲み込む刃によって受け止められ、金属を溶接しているかのような激しい火花を散らす。

 

「……っ!」

 

 譲り合いのない力の拮抗。両者がいったん離れたかと思うと、再び起こる、激突。

 

 彼女の右腕に握られた刃はまるで独立した生物のようにぬるりと、そして力強く相手の命を刈り取らんと動く。針の如き繊細な突きが空気を穿ち、空間を切り裂く一条の輝きが相手側に防戦を強いる。

 

 彼女から発せられる荒い呼吸音と剣戟の音のみが支配するその空間に存在できるのは当事者の2人のみだった。

 

 しかし、一見想理が押しているように見えるが素人目に見ても彼女は激しく疲弊していることが分かる。

 

 一太刀を入れるごとに剣戟が鈍っていき、鈍ったところに繰り出される超絶技巧のカウンター。防戦一方といった雰囲気を脱ぎ捨てた”私”によってつけられた傷が赤い筋を浮かび上がらせていく。そして、

 

”キーンッ!”

 

「なっ……そんなっ……」

 

 美しき剣舞は唐突に終わりを告げた。想理の手から半透明の輝きが弾き飛ばされ、しりもちを突く彼女に暗闇が迫る。絶体絶命。そんな四字熟語が頭をよぎる。

 

「想理っ!!」

 

 そう叫ぶと私は駆け出した。瞬間こちらを見る彼女と”私”。私はある”基本魔法”を紡ぎ始めた。

 

「なんでっ!? なんでここにいるのっ!? だめ! 重見君! 来ちゃだめ!」

 

 彼女が何か叫んでいるが気にしている余裕はない。先ほど注意を引き付けて作った数瞬の間が功を奏し、

 

「う゛っ」

 

 彼女の命を刈り取ろうとする漆黒を防ぐことに成功した。

 

「重見君? ……重見君!? いやっ……いやぁッ!?」

 

 後ろで悲痛の叫びをあげる想理。ふと視線を下に向けると……

 

 夥しい量のアカイハナが足元に咲き誇っていた。





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 ~後書き~

  次回、「私だけが過ごす終末。(仮)」


  お楽しみに!


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4月1日に不思議ちゃんと出掛けたらしゅうまつ爆発した。 ふじっこ @fujikko4649

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