第3話 気づき

 すべてが終わり、私は夫となった人の寝所に向かう。

 これからはそこが私の夜の住まいだ。

 いつも通りに風呂に入るがその時使った香油はより高価なものだと感じる。甘い香りが強く、初夜のためにあつらえたものなのかもしれない。

 そう考えると私もとうとう結婚したのだと実感がわいてくる。

 男女がどのようなことをし、子をなすのかは学んでいる。実践がこれからあるのだ。

 頬が自然と赤くなる。

 きれいな寝間着に着替え、夫がまだきていないベッドに座った。

 今まで一人で寝ていたベッドより非常に大きい。一人で寝るのではないから当たり前である。

 私は彼を見た。

 視界が限られている中見ていた姿通りだった。

 このような男性で良かったと安堵する。外見がすべてではない。しかし、何も知らないで嫁ぐのであるならば、せめて、私の好みというのは考えたくなる。

「ああ、やはり、愛らしい」

 彼はすっと私の横に座る。そして、唇にキスをした。私にとって初めての物で、非常に緊張するけれども、香油の影響か、うっとりととろけるようだった。

 ベッドに横たわらせさせられる。

 彼は私を見下ろす。

「あなたは自分の運命を呪うのか、それとも殺すのか……私にとってあなたは最高の花嫁だ。しかし、あなたにとって私の元に来たことが良いのかはわからない。ただし、死は認められない。子を産み落とすまでは」

「どういう意味ですか?」

 夫となった人は非常に苦しそうに言っている。

「それはこういうことだよ……そろそろ、私も耐えられない。君を欲しい。君のすべてを愛したい」

 寝間着は夫の手ではぎとられる。

 そしてのしかかられた直後、私の視界は暗転した。

 まるで抱きしめられているかのようなぬくもりはある。それでいて、臓器のような生臭さも感じた。

 私の頬を何かが触れる。

 唇にも触れる。

 胸にも……全身、何かが触れる。抱きしめつつ、うごめく何かを感じた。

 まるで、全身を撫でまわされているような感触だ。

『これが私の愛し方なのだよ』

 その声は夫となった人の声だ。その声はくぐ曇り、はっきり聞こえない。その上、呼吸は荒い。

『ああ、君は怖くて何も言えないのかな? それでも私は自分を抑えられない。君を犯すことになっても欲望を満たさないとならないから』

 突然、全身を撫でまわすものの動きが変わる。私の体を開き、敏感なところを執拗に触れる。

「でも、これはあなたなのでしょう? なら、私は受け入れます。あ、はうっ」

 自分でも聞いたことがない甘い声が出た。

 そうこれがこの人の愛し方。

 そして、私が発狂してもおかしくないと言われるゆえん。

 子をなさないとならない理由と言うのは後に知る。

 私は、この人が化け物のような愛し方をするとしても、私を必要として愛してくれるならば、それに応じる。


 あれ以降、毎晩のように夫と寝所を共にした。

 人間の腹を借りて生まれてくるのだという。

 生まれてきた子は、うごめく肉の塊のようだった。私はどう対処していいかわからなかったが、夫はどこかに連れて行った。

 医者は言った。

「しばらくは旦那様が面倒見られます。奥方様には遅くとも半年後には抱くことができましょう」

 この医者は知っているらしかった。

 人間からすれば異常な出産だ。

 しばらく夫は私の前に姿を現さなかった。本当に子を産んだかも怪しい記憶になっていく。

 半年もたたずに、夫は帰ってきた。腕には首は据わった赤子がいた。

「君も気づいていると思うが、この姿になれるようにならないと、ここにはいられないのだよ」

 この後は、人間の子供を相手にするように接すればいいと夫は言った。

 遅れてきてようやく出産したということを意識した。


 三歳の年を迎えたころ、外から人が大勢来ると聞いた。

 夫は舌打ちしていたが、それは仕方がないことだという。

「君の目で見て、耳で聞いて、想像していい……。私という意味と、君と言う意味が分かるかもしれない。最近の施政者はおろかになって行く。平和だからなのかもしれないし、もうすでに、自分たちの手でやっているという認識があるのかもしれない。全ては奇妙なバランスの上に成り立つ世界だというのに」

 夫は謎のことを言った。

 ただ、私は最近、夫の書斎の書籍はすべて読んでいた。

 神々の在り方、星の在り方など荒唐無稽な話も数多くあった。本当に神がいて世界のバランスを仕切っているというのだ。

 しかし、夫の姿を知っているため、それを信じる余地はある。どうやって、世界のバランスを保っているのかはわからないけれども。


 跡取りのお披露目ということでパーティーが行われるのだ。

 その時、私に向けられる視線が、汚いものを見るモノのようだった。

 ああ、化け物に犯された女、という認識なのだろう。

 私は気付かないふりをして、穏やかに微笑んだ。

 夫に対する彼、彼女らの振る舞いは、まるで、自分たちが神で、化け物を殺さず生かしてやっているという対応だった。

 夫が言っていたことはこれだった。

 平和だから、異形の神は化け物となる。

 女を与えるのは、子孫は一人は残さないといけないから。

 女は男に対して好みは付け加えられる。

 白羽の矢が立てばそれまでの記憶が消される。

 つまり、私はいけにえとして放り込まれたのだ。

 夫に対する非難は生まれない。

 ただ、生まれたのはこのことを隠蔽し、追い込む国というものだろうか。

 私は微笑みながら、国を亡ぼす切り札を持っていると気づいてしまった。

 私は今、知ることも考えることもできる。

 夫はどういうかわからない。

 できれば、知らないという民を巻き込み、国を滅ぼしてみたいと考えるようになった。

 知らないのは私も一緒だった。それを隠蔽しているのは、施政者である。調べないのは私たちである。

 すべての問題は、国に乗るもの全員にあるのだ。

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消えた記憶と何かを求めるモノ 小道けいな @konokomichi

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