第2話 迷っては失うを繰り返したら。

 アラームの何度めかのスヌーズでようやく洗面台の前に立った。妙にテカった額と、崩れたアイメイクの酷い顔。こうなることは百も承知だったのに、怠けた数時間前の自分にがっかりが止まらない。こんな朝は決まっていつもより少し熱めのシャワーを浴びる。効果があるかどうかはわからないけど、お酒が抜けて汚れが良く落ちる気がするからだ。


 チョコを買おうと思ってコンビニに寄ったのに、かごに入れたラインナップは栄養ドリンクと筋子のおにぎり、しじみのカップ味噌汁。飲んだ次の日のお昼は無性にお腹がすくから、これだけじゃまだまだ足りないと分かる。こんな経験値は上がってばかりだ。

 梅昆布も食べたいけれど、計おにぎり二つじゃまだ足りない。冷やしうどんにしようか。あ、いや昨日の晩からほぼ野菜を取ってないからサラダにしようか。でもサラダって軽すぎないか、どうせ食べるならこの、チキンがたくさんのってる旨辛チキンパスタサラダがいいな。

 ひんやりした冷気を前面に受けながら約三分も悩んでいる。優柔不断は大人になっても直らない、年を重ねて受け入れた私の性格でもある。

 迷いすぎだと嫌がる人もいたし、ゆっくり待ってくれる人もいた。でももうそれも随分前の記憶でしかない。周りにいくつも転がっていたような気がする出会いやタイミングは誕生日を迎えるごとに少なくなっていくことを身をもって経験中だ。

 余計なことまで考えて悩んでいるうちに、横から伸びた手が旨辛チキンパスタサラダをかっさらっていった。


「あっ……」


 思わず出た声と、見てしまった手の主。

 その人のもう片方の手には筋子のおにぎりがあった。やはりこの組み合わせが最高だったんだとがっかりする気持ちに重い蓋をして隠しに隠し、隣の野菜だけのサラダに手を伸ばした。


「いいですか、これ?」

「あ、どうぞどうぞ、すみません。 声あげちゃって」

「いえ」


 なくした途端、改めてそっちに惹かれていたことに気付く。これも、いつまでたっても直らない私の悪い癖だ。

 一瞬伸ばした手を引っ込めた。やはり私は普通のサラダを欲していない、旨辛チキンパスタサラダが食べたかったんだと悔しくなったからだった。

 結局かごに何も追加せず、さっきの面子のままレジを終える。社まではこのまま歩いて七分、迷うことも出来ないくらい真っ直ぐな道を歩きながら仕事バージョンの私に着替える。優柔不断も封印して、甘い時間を夢見ていることも隠して、カッコつけた私に変わる。


 栄養ドリンクは私のフロアに上がる前に、一階ロビーのゴミ箱近くで一気に飲んだ。毎回、効いていると思い込ませ、しかもこっそり飲む理由わけは、疲れてるって誰かに思われたくない強がりな性格のせいでもある。


 エレベーターに乗り込む時、正面に付いた鏡に少しだけ自分の姿が映った。

『しばらくスカート履いてないなぁ』

 上杉さんのフレアスカートが思い出された。柔らかい笑顔、まわりを明るくする空気、纏う癒しの色。


 私の色は、今日のスーツと同じ色。

 周りに溶け込み過ぎの鉛色だ。

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