ブルーベリービート〜10年ぶりの恋始めました〜
嘉田 まりこ
第1話 昔から女子にはモテるんです。
【2019年 夏】
「あの……、香山さんって、彼女がいるって本当ですか?」
無事に納まった仕事の打ち上げと次に始まる仕事の決起集会を兼ねた飲み会の席。しかも32歳の誕生日だという今日。
レモンサワー片手に移動して来た、一回り近く年下の商品部の女の子。名前は、そう『上杉さん』に力一杯質問され、丁度口に入れたビールを盛大に噴き出すかと思った。
「上杉さん、あのそれってどういう意……」
「覚えててくれたんですか!?私の名前!」
「えっ、それはもちろん」
他社に自社を売り込む立場の私たち営業にとって、商品を管理している商品部とはやり取りする機会が多い。時に無理をお願いすることもあるから、商品部には特に感謝を忘れないこと。私に仕事を教えてくれた先輩の受け売りだけど、関わった関わってない関係なく名前は覚えるように気をつけていた。
「私なんかまだまだ新人なのに……」
信じられない、というように目を大きく見開きグイーッとサワーを飲みほす彼女。かなりいい飲みっぷり、と感心していたのも束の間。
「あ、あの、私、そういう偏見ないですから!むしろ萌えるっていうか、香山さんならむしろ私だってお願いしたいというか!」
酔った勢いなのか、物凄い勢いで距離を詰め、物凄い速さで最初の話に戻された。物凄いことを口にしているし、それに、なんか色々見られている気がする……いや、めちゃくちゃ見てる。服やらアクセサリーやら時計やらを念入りに、そりゃもうかなり念入りに。
「はぁー♡同じ格好したい」
彼女は自身の空のグラスに、まるでため息を注ぐかのように呟いた。
いやいやいや。
彼女は首元にレースがあしらわれた白いブラウスにレモンイエローのフレアスカート。ふわりと巻いた髪から覗く大ぶりのイヤリングは、シャラと揺れて煌めいている。一方で私は、上下黒のパンツスーツにブルーのストライプシャツ。後ろにただ纏めた髪と揺れないピアス。
真似なんてしたいか?!私の?!と、全力でツッコミたい。
「香山さん、どういう子がタイプですか?!」
真っ暗な部屋に風はなくカーテンは1ミリも動かない。開けた窓の網戸に一瞬かかるバイクの音は煩いような嬉しいような、そんな暑い暑い夏の夜。
「飲んだなぁ」
風が入ってくる様子はない。窓を早々に閉めエアコンをつける。ピピーっという電子音のあとすぐに、ひんやりした風が体を包んだ。
そのままソファーに転がりこもうと思ったが、背中に貼り付いたシャツが気持ち悪くて、剥ぐように脱ぎ洗濯かごに投げ入れた。
「洗濯機回さなきゃ」
「化粧も落とさなきゃ」
「朝一アポあったかな」
明日も普通に仕事だというのにだいぶ飲んでしまった。お酒もお酒の席も好きだから楽しかったけれど、そんな時間のあとは、いつもあまりに現実的。洗濯物は溜まっているし、化粧を落とさなくても綺麗なままでいられる年齢はとうに過ぎた。
明日だって朝からやることはいっぱいで、私のPCはたくさんのページがモザイクを作るだろう。ペーパーレスが進み昔より分かりづらいが、デスクに山ほどの書類が積まれているのと一緒。それをひとつずつ「済」、次を「済」するのだが、繁忙期ということもあり、モザイクがすっきり消え去る日は遠い。
そんな毎日を選んだ自分を後悔なんか全くしていない。仕事は楽しいし、やりがいもある。セクハラやパワハラだって受けていない。いい会社だし、今の自分が好き。
『香山さん、カッコいいです!』
上杉さんがしきりに繰り返していた言葉が頭に響いていた。
カッコいいと言われて嬉しくないことはない。私が入社したばかりの営業部はまだまだ男性の方が圧倒的に多かったし、そんな中に放り込まれた私はいつも少しずつ背伸びしてきた気がするから。確かにカッコよく見えるよう振る舞っていたところもある。
パンツスーツが嫌いな訳じゃないし、カッコいいが嫌な訳でもない。
ただ、ただこんな夜、アルコールを摂取しすぎたこんな夜は、ホントウの私が顔を出す。だらしなくソファーに沈む自分、メイクも落とさず寝落ちしようとする自分、ちっともカッコよくない普通のわたし。
一人でちゃんと立っているように見せかけて、色々割り切っているように見せかけて、実はそうでもないし、今日が誕生日だと打ち明けられない強がりなところもある。予定がないのかと詮索されるのも、気を遣われるのもなんだか嫌だからだ。それなのに帰り道のコンビニで、売れ残ったロールケーキを買ってしまうような哀れさもある。
一人きりで過ごす誕生日の夜は正直寂しい。
飲みすぎだと優しくベッドへ連れていってくれるような存在が無性に恋しくなる。暑くても思わず寄り添ってしまうような、そんな甘い空気を求めてしまう。
「好きって言われたの最後いつだろ」
好きの一言どころか、もう、いつ最後にときめいたか覚えていない。素敵、と思う人はいても、声をかけるとか、どうやって関係を作っていくのかも分からなくなっている。
去年までは全然焦っていなかった。例え「焦るよね」と口にしたとしても心からではなかった。ただのアクションだった。
でも、最近はもう一人の私が確実にここにいて、頻繁に顔を出すようになってしまった。
「明日また、会社にいくときチョコ買お」
未来への漠然とした不安といえばいいのか、ご無沙汰な恋への欲求不満といえばいいのか、とにかく全て糖分補給で誤魔化そうとする悪い癖まで出来てしまった。
そんな私、
私の仕事は飲食店コンサルタント。ちょっと出世中だが、彼氏いない歴はかれこれ10年目でそちらの成績は上がるどころか後退気味だ。
ムラムラしている訳でもない、ガツガツだってしていない。ひとりは面倒がなくて楽チンだと思う日の方がまだ多いことも確か。
「でも、やっぱり。恋もしたい」
ワガママな無意識の呟きは、欠伸と一緒にクッションに沈んだ。
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