後編

それからの授業は、作戦を立てることに費やした。

苦手な英語の新しい文法とか、聞いとかなきゃ置いていかれそうだけど集中して聞いていられそうにない。


学生の本分は勉強だぞ、ともう一人の自分が忠告してきたけど、それを笑って受け流す。

まだ猶予のある勉強と今日で終わる恋の優先順位なんて比べるまでもない。


英語も物理もノートは白紙同然だ。

でもきっと、今日はなにをするにしても上の空だ。


一刻一刻と恋の終わりが近づいている。

私がなにをしても、しなくても。


それが虚しい。

私は蚊帳の外。

私の恋心は不要物。


分かってることだけど、再確認するたびに突きつけられているようでシャーペンを握る気力すらわかない。

からん、と机の上から落としてしまいそうだ。

そんなのよくあることだけど、なんだか今日はやっちゃいけないような気がして持つ気は無いけど指には挟んでおく。


落ちたところで誰も気にはしないだろうけど。

シャーペンだろうと。

……別のものであろうと。



いつ渡そうかとタイミングを伺いつつ、今日の時間割を確認しながら『彼』が一人になる時を密かに狙っていた。


午前中に見かけたその機会は私の方が一人じゃなかったから見送った。

トイレに行くとか言えばなんとかなっただろうけど、見送った。

まだ午後があるからって見送った。


でも午後になるとまたあの焦りが出てきて、私を唐突に突き動かした。


一人で教室を出ていった『彼』を追いかけて私も教室をそそくさと出て、そして後ろから呼び止めた。


「お、どうした? 新田」


首を傾けながら笑うその表情を正面から見るのは最後なんだろうなって、『彼』の何もかもが今日限りに見える。


「これ」


少しだけ洒落た折り方をしたメモ帳を押し付ける。


「ごめん、渡したかっただけだから返事はいらない」


放課後頑張って、とか添えるべきだったかもしれないけど、言えるわけがない。

頑張って欲しくないもの。


あわよくばって考えたくもなる。


そんな考え方が先行するんだから、『彼女』に勝てるはずはないのにね。







それが昨日のこと。


私は無心で登校した。

何も考える気が起きなかった。


作業で制服に着替え、日課で朝食を食べて、惰性で登校した。


教室につき、誰かのために巻きで掃除した分少し汚さが見える黒板を呆然と眺めていると教室が沸いた。


理由は単純。

前のドアからあの二人が一緒に入ってきたからだ。


入ってくるなり二人の友人たちが茶化すように手を叩いた。二人もまんざらじゃない。

そりゃそうだ。

放課後に二人きりの教室で、っていうのは悪い条件じゃない。

それを用意してくれた友人達に『報告』しないはずがない。


何も教室でしなくても。


そう思ったから、私は消えるように教室を出た。


気分が優れないのは本当だし、このまま保健室に逃げ込もうか。

でもやっぱりどこかに痕跡を残すのが嫌だからと、私は踵を返した。


例えば屋上で柔らかな日差しと涼しい風に慰めてもらうことが出来たらいいんだけど、屋上が開いてるはずがない。


試しにドアノブをひねってみたけど、ガチャガチャと小刻みに動くだけだった。

まぁそうだよねと階段を数歩降りて、私はそこで腰を下ろす。


チャイムが鳴ったらどうしようか。

昨日は授業にならなかったし、二日開けるのはよくない。

でも授業に集中できるんだろうか、私。


気持ちが立ち直りそうなことも思い出せず、出てくるのはため息ばかり。


幸せを逃し続けていると、下から誰かが上がってくる足音が聞こえてきた。

顔を出したそいつは私の姿を見るなり目を丸くした。


「……中川がなんで」


中川は首の後ろに手を回して視線を床に這わせる。


「なんでって、お前こそ」

「………」


「あぁ」と目を合わせずに中川はわざとらしく声を出す。


「……『須藤』のことか」

「……!」


俯いて居た私の顔に熱が上がる。


「……なんで」


気づかれるようなことはしてないし、私も誰かに言ったことはない。

友達にすら言ってないのだから中川が気づくはずがない。

中川とはそこまで親しくしてないしどこからそのことを。


そう考えて、察した。


私が『須藤』を好きだって知ってたんじゃなくって、自分と同じ状況だから勘付いたんじゃないのかって。


「そっか……。『優奈』、いい子だからなぁ」

「……まぁ、似たようなもんだな」

「似たような……?」


不思議な返答に私は振り返って中川の顔を見た。

彼は一つ頷いて、寂しそうに笑いながら繰り返す。


「似たような」


そう言って、なぜか私の方を見て微笑むのだった。







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そこから始まる恋があれば。 玖柳龍華 @ryuka

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