8.بقلاوة ―カリフと宰相―
フィロ生地の焼き菓子① 退屈な国政会議
太陽が金色にまぶしい極暑のある日。
国土の大半が砂漠であるアズラク帝国の夏は毎年灼熱の天候で、宮殿のある都も例外ではない。
午前中でもうすでにじりじりと暑い広間の玉座に腰掛けて、帝国の第十四代目のカリフであるムフタールは目の前で行われている国政会議を眺めていた。
正方形の部屋には大臣や書記官などの国家の中枢を担う者たちが集まっており、星と正六角形の文様で彩られた壁に沿って置かれた椅子にそれぞれ腰を下ろしている。彼らは外交や交易など様々な問題について話し合い、政治を進めた。
(暑くて、疲れた……)
熱気で意識がまとまらない中、汗がムフタールの額を流れていく。
大柄なムフタールが着ても裾の余るぶかぶかの長衣に大きく重いターバンを被ったカリフの正装は、風通しの良い布地で仕立てられてはいても肩が凝った。
十七歳という年齢に起因する未熟さを差し引いてもあまり優秀な君主ではないムフタールにとって、学識のある臣下たちの話し合いは小難しく退屈なものだった。
しかし他にすることもないので、聞いてもそうたいして意味が分かるわけでもないのだが、会議の内容に耳を傾ける。
どうやらちょうどある議題が一段落したところのようで、ムフタールの最も近くの席にいる若き宰相のサレハが新しい羊皮紙を片手に話を切り出していた。
「では次の議題に入ります。ハサン大臣」
「陛下の忠実な下僕ハサンが奏上いたします」
サレハに命じられた大臣のハサンが、形式上はムフタールの方を向いて語り出す。
玉座のひじ置きに頬杖をついて、ムフタールはハサンの話を聞いた。
長々と詳細であるために所々理解できない個所もあったが、ムフタールが把握できた範囲で話をまとめると、どうやら西部の沿岸地帯であるイレクス地方で異民族であるザキ人の反乱が起きているようだった。
薄茶の服を着た初老の大臣ハサンは、恭しく報告を続けた。
「反乱軍は亡きファーイズ王子の遺児を真の指導者と称し、人心を集めています」
王子ファーイズはムフタールの腹違いの兄の一人であり、生母はザキ人という出自であるはずだった。もう死んですっかり過去の人になってしまったと思っていたので、ムフタールはその名前が出てきたことを少し意外に思った。が、特にそれ以上の感情は生まれない。
「現在は都督が指揮を執って対処しておりますが、いかがいたしましょうか」
ハサンが質問の形で話をまとめると、宰相のサレハが結論を下す。
「ヘイダル将軍を司令官にして軍を率いらせて鎮圧に向かわせましょう。陛下もそれでよろしいですよね?」
「ああ。サレハの言う通りに」
静かに響くサレハの声に尋ねられたムフタールは、いつもと同じように賛同した。ムフタールには政治はわからないが、サレハの決めたことなら間違いはないはずだからだ。
「ありがたき幸せでございます」
会議の出席者の一人であったヘイダル将軍が、与えられた役職と任務に感謝の言葉を述べた。
「必ず
サレハがムフタールの代わりに、ヘイダルに命じる。
そして議題は次のものへと移り、ムフタールは暑さで次第に再び会議への集中力を失っていった。
(早く昼食の時間にならないだろうか)
サレハに会議を任せきりにしながら、ムフタールは会議の後に待っている昼食について考えた。
議題一つ理解できないムフタールが帝国の全土を統治するカリフに即位したのは、ちょうど半年前のことである。
先代のカリフであるサッタール王はすべての親征において勝利した歴代でも最も輝かしい業績を持った人物であると同時に非常に好色家で、多数の側女を持ち大勢の王子を産ませていた。
ムフタールはその数多くの王子の中の出来の悪い末子として身分の低い母から生まれ、文武に優れた同腹の兄の影で何も期待されることなく育った。
サッタール王は何人もの大臣を輩出した名門ヤフヤー家を皆殺しにするなどして、カリフに権力を集中させた。
その反動でサッタールが死んだ後の跡目争いは激しいものとなり、ムフタールの兄たちはカリフの位を巡って殺し合った。彼らはそれぞれ母親の出自である土地の勢力を味方につけて優位に立とうとしたため、内紛は国中に広がり国土は戦乱により荒れ果てた。
そして気づいてみると、最後に残ったのはどの兄よりも知性で劣り政治の才能を持たないムフタールだった。優秀な王子同士が兄弟で争った結果、誰からも忘れ去られた存在であったムフタールだけが生き残ってしまったのである。
(俺は馬鹿でカリフに向いていない。でもサレハがいるから、こうやって会議中も昼食のことを考えていられる)
王の次に上等な宰相の長衣を着て会議を取りまとめるサレハの才知のある横顔を見ながら、ムフタールは人の向き不向きについて考えた。
政務中はターバンでまとめられているがサレハの髪は非常に美しい金色で、顔立ちは大理石を彫ったように白く整っている。
その月のように輝く美貌と凛として目を惹く立ち振る舞いは、もしも女性に生まれていたら必ず王の寵妃になっていたと思われるほどだ。
幼いころからのムフタールの教育係だったサレハは、ムフタールがカリフに即位したことにより二十代半ばで帝国の宰相になった。幸いなことにサレハは、美しさだけではなく宰相を務める上で十分な賢さも持っていた。
ムフタールは父王や兄たちから愚かで政治には向かないと言われ続けてきた。しかしサレハさえ側にいれば、自分がカリフであっても問題ないのだと、ムフタールは信じていた。
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