鯛と野蒜の和え物⑤ 二人と一人

 そして三人で集まった昨年の初夏の日。


 久麻呂は目の前の料理に手を付けず、それまでとは違う決意を秘めた朝平の知らない顔をして、朝平と春勝に言った。


「近々柏守王様が謀叛が起こされる。俺は柏守王様側に属そうと思っている。朝平と春勝はどうする?」


 どうすると問われても、自分が謀叛を起こす側に立つことなど一度も考えたことがなかったので、朝平は言葉につまった。

 だが春勝の方は久麻呂に近い気持ちだったようで、すこし間を置いただけですぐに答えを出して久麻呂の問いに答えた。


「俺はお前と同じ選択をしたい。俺だって奸臣が好き勝手にやっているのを、放っておくことはできないからな」


 春勝の低くよく通る声が、一人取り残された朝平の耳に響いて通り過ぎる。


 志を持った二人は通じ合い、朝平とは違うどこか遠い場所で生きる人になっていた。


 久麻呂と春勝は遥か高い場所から様子を伺うように、朝平の方を見た。

 実際にはそのときはまだこの先も三人でいられると信じてもらえていたのだろうが、少なくとも朝平はそう感じた。


 靖家が権勢を誇る一方で民が重い税や労役で苦しんでいることのおかしさには、朝平もずっと気付いてはいた。だが自分が直接命を脅かされているわけでもないのに抗おうとするほど、正しさを求めているわけでもなかった。


「俺は……」


 友が下した決心に何も言えないまま、強い意思のない朝平は黙り込む。

 顔を伏せると卓の上に並んだ焼き魚や酒瓶が目に入った。


 やがてそれが答えなのだとまず幼いころからの付き合いがある春勝に伝わり、じきに久麻呂も同様に察した。

 知らぬ間に二人と一人になっていたことを、朝平はそのとき深々と思い知らされた。


 それから卓の上の料理をどうしたのか、二人とどう別れたのか、朝平はよく覚えていない。


 ◆


 数か月後。


 柏守王が計画してた謀叛の企ては密告によって明らかになり、久麻呂と春勝も反逆者の一味として獄に送られた。

 二人は他の関係者と同じように厳しい取り調べを受け、久麻呂はそのまま獄死した。拷問で落命しなかった春勝も、流罪先に送られる途中で死んでしまった。


 二人と親しかった朝平も関与を疑われたが、久麻呂と春勝は訊問から逃れるために偽って朝平の名を挙げることはしなかったらしい。結局謀叛が発覚したころにはかなり疎遠な関係になっていたため、朝平は深く追及はされなかった。


 謀叛に関わった者が厳しい処分を受ける一方で、密告者の男にはかなり高い位が与えられたと後日聞いた。朝平は密告もしなかったし昇進もなかったが、仲間を見捨てて生き残った人間としては彼と同じ立場にいた。


 朝平は正義に生きることができず敗北を恐れたために、反乱に身を投じる親友から背を向けた。だから二人とも死んでしまったとき、自分は自分の身を守る選択をしただけなのだと納得しようとした。


 しかし一人生き残って過ごしてみると今は、友の命を奪った側にいる人々と付き合わなくてはならない日々がこれからずっと続くことの方が、負けて死ぬよりも嫌だった。

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