揚げ魚の甘酢あんかけ⑥ 皇帝の身代わりになった男
宴も無事に終わった翌日、岳紹は欄干のある宮殿内の一室で、椅子に座って敵が来るのを待っていた。
透かし彫りの花鳥に飾られた欄干の向こうに広がる青空を見上げ、岳紹は隣で書物を開いている敬然に尋ねる。
「そういえば、敬然殿も俺と死ぬのか?」
「さあな。利用価値があると思われれば、殺されずにすむだろうが……」
いつの間にか敬語ではなくなった岳紹の問いに、敬然はどうでもよさそうに答えた。敬然もまた岳紹と同じように、あまり今後の人生に執着があるようには見えない。
「ちなみに岳紹。一応聞いておくが毒とか剣とか、お前に死に方の希望はあるか?」
「特にないな。敬然殿が一番皇帝の替え玉らしいと思う方法にしてくれ」
「そうか、了解した」
敬然は死に方の候補を挙げたが、岳紹は死因についてのこだわりは特になかったので判断は任せることにした。学のない岳紹には皇帝らしい死に方が何なのかわからないが、国の高官として物事に詳しい敬然なら最良の選択をしてくれるはずである。
特に二人親しいわけでもないのでやりとりはすぐに終わり、その後は長い沈黙が流れた。
岳紹は特に何も考えることもなく、ただぼんやりと気を楽にしていた。
すると今度は敬然が書物から顔を上げ、口を開いた。
「西の果ての異国には奴隷が偽の王を演じる祭礼があるという話を、お前は聞いたことがあるか?」
「いや、知らないな。どういう祭りなんだ?」
突然向こうから振られた話題に少し驚き、岳紹は敬然の方を見た。
敬然は賢そうな横顔で、異国の不思議な祭礼について語った。
「祭りの間、偽王として選ばれた男は王として好き放題に過ごすことができるが、祭りが終わるときには生贄として殺される。そういう祭礼が西方にはあるらしい」
それは岳紹がまったく見聞きしたことがない、博識な高官の敬然だから知っている遠い国の話であるはずである。
だがその祭りで起きていることは、ここ浪国でも今起きていることだった。
「どこかで聞いたような話だ」
「そうだろうな」
岳紹はわざと距離を置いた反応をとる。
すると遠くを見るように目を細めて、敬然は自虐めいた微笑みを浮かべた。
どうやら敬然は、岳紹への罪悪感から異国の偽の王の話をしているらしかった。
敬然に岳紹のことを慮る気持ちがあったことは、やや意外な気がした。だが思い返せば最初から、あえて言い訳も取り繕うこともしないのが彼の優しさだったのかもしれない。
しかし岳紹は敬然に申し訳なく思ってもらう必要がまったくないほどに、替え玉としての結末に満足していた。
岳紹は宴で食べた料理や彩珂と過ごした時間のことをそっと思い出し、心の中でつぶやいた。
(どうせ戦争ばかりの世の中だ。最後に楽しんだ後で死ねるなら、本物の王より偽王がいい)
そして一瞬農奴や兵士として生きた日々のことを振り返った後、自分と同じ顔の皇帝について考える。
岳紹は死ぬ自分ではなく、生きる皇帝こそが本当の生贄なのだと思った。
滅びゆく国を背負い続ける皇帝の犠牲があるからこそ、岳紹は本来彼が得るはずだった死を手に入れることができたのだ。
(逃げてくれて感謝しているよ、皇帝陛下)
皇帝の犠牲に感謝して、岳紹は晴れやかな気持ちで目を閉じた。
毒か剣か、はたまたそれ以外か、あとは隣の敬然が偽の皇帝にふさわしい死に方を選んでくれることだろう。
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