揚げ魚の甘酢あんかけ③ 王の装束
その夜はもう遅かったので、岳紹は敬然と別れた後は宮殿の中にある一室の寝台を借りて休んだ。
そして王の替え玉としての待遇は、翌日から始まった。
岳紹は宦官たちにそこらの民家よりも大きな湯殿へと連れていかれて、ぼろぼろの衣服を脱がされ汚れた髪や体を洗われた。
湯上りには髪を乾かし梳かれながら、同時に手の手入れも行われる。まったく貴人らしさの欠片もなかった岳紹のひび割れた爪は、付け焼刃ではあるが多少は綺麗に整った。
きっと自分が年頃の娘だったなら、起きている変化にももっと喜べるのだろうと岳紹は思う。
下準備がすむとまた違う建物に移動し、今度は丁寧に乱れなく髪を結われて、豪華な装束を着せられた。
帯で何度もきつく巻かれ、幾重にも重ねられていく衣。結果出来上がったのは、銀糸で龍の織り込まれた袖のついた黒地の衣に赤色の裳を身につけた派手な服装だった。
そして最後に板に宝玉を連ねて垂らした飾りが載ったかたい冠を頭に被せられて、皇帝の装いは完成する。
「当然のことだが、皇帝に似た男に皇帝の服を着せれば普通に皇帝に見えるものだな」
着替えが終わったころに現れた敬然は、興味深げに皇帝の替え玉として着飾った岳紹をしげしげと見つめた。
岳紹は地味な自分には過分な服装だと思ったが、本物の皇帝も同じであるらしいので仕方がない。
「姿はこれでいいとして、言葉はどうするんですか?」
昨日まで着ていた革の鎧よりも重くなった衣服に、岳紹は早くも若干の疲れを感じていた。格調のある衣裳に自然と姿勢が良くなるというよりは、きつい着付けに物理的にうまく動くことができない。
すると敬然はそっと近づいて手を伸ばし、岳紹の衣服の襟を見苦しくない程度にゆるめた。その手は見せかけではなく本当に、貴人らしく白く整っていた。
そして敬然はせせら笑いを浮かべて、岳紹の耳元でささやいた。
「大抵の返事は、左様かと言っておけばすむだろう。これなら学のないお前でもできる。実際、本物の皇帝もそんなものだ」
その言葉は明らかに岳紹だけではなく、皇帝本人も侮っていた。
だが岳紹は人を小馬鹿にした敬然の態度に憤るよりもむしろ、馬鹿にされている皇帝に親しみを感じた。
(本当に皇帝も、そんなものなのか……)
岳紹はどこか安心した気持ちで、これから演じることになる皇帝について考える。
皇帝には一度も会ったことがないのにも関わらず、岳紹は次第に思った以上に何もできないらしい彼が身近な人であるような気がし始めていた。
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