厚焼きの卵料理⑤ 騎士と騎士見習い

 クルスはなるべく人目につかないような廊下を選んで、バジャルドの部屋に向った。年齢が若いわりに位の高い騎士であるバジャルドは、天守に近い棟に個室を与えられていた。


 白布の下の卵料理はまだ温かく、香ばしく焼けた卵の匂いをふわりとただよわせている。

 食事の量が足りていないクルスはそのままどこかに隠れてそれを食べてしまいたかったが、何とかこらえて歩いた。


 夏のソロルサノ城の廊下は暑く、昼間になると服は汗まみれになってしまっていた。

 やがてクルスは、バジャルドの部屋の前に着く。


(ここがバジャルド殿の部屋だよな。中にいるかな?)


 クルスは木製の扉を軽くノックしてみた。

 すると中から返事らしき声と物音が聞こえて、扉が開いた。


 出てきたのは体格の良い金髪の青年で、顔以外について何か知っているわけではないが、確かに騎士のバジャルドだった。

 バジャルドは突然現れたクルスを、不思議そうに見下ろした。


「おや、君は小姓の……?」

「クルスです。料理長からこれを渡すようにって」


 小姓であることだけは知っていてくれていたらしいバジャルドに名乗り、クルスは皿を差し出し見せた。


「それは、ご苦労だったな。どこへ行ったってこの城は暑いが、とりあえず中に」


 バジャルドはまだ用が何なのか理解したわけではなさそうだが、いかにも暑そうに立っているクルスを部屋に招き入れた。


「ありがとうございます」


 クルスはお礼を言って、中に入った。騎士の個室は初めて入る場所なので、どきどきした。


 一人用でもクルスが他の小姓と使っている部屋よりも広いバジャルドの個室は、中庭に面した窓から入る風が涼しい場所だった。寝台や衣装箱など置かれた家具は必要最低限だが、出陣の準備中だったのか机には鎖帷子や甲冑が広げられている。


(これを着て、今夜バジャルド殿は戦うんだ)


 銀色の甲冑は古いが良く磨かれた見事なもので、クルスは思わず見惚れてしまった。バジャルドは背が高いから、きっとこの甲冑もよく似合うに違いないと思った。


「いろいろと散らかっていてすまない」


 ちょうど鎖帷子の下に着るためのキルトの胴着を身につけていたところだったらしいバジャルドは、申し訳なさそうに机の上を整理して場所を作った。


 夢見心地から自分の役割を思い出したクルスは、慌てて空いたところに運んできた皿を置き、被さっていた布をとった。

 出てきた卵料理はやはりとても美味しそうで、クルスは生唾を飲み込んだ。


 バジャルドは胴着の革紐を結びながら、運ばれてきた料理を見る。


「で、これを私に?」

「はい。城主様が、奇襲の前の景気づけにと料理長に頼んだそうです」

「なるほど。食料が限られた中、ありがたいことだ」


 クルスが事情を説明すると、バジャルドは軽い調子で感心してみせる。

 その態度を謙遜だと思ったクルスは、バジャルドを熱っぽい瞳で見つめた。


「バジャルド殿には、ご立派な任務がありますから」


 今は憧れることしかできないクルスにとって、現実に騎士として多くの兵士を従えて戦場に赴く予定のバジャルドは英雄に思えた。

 男前な顔立ちで体格にも恵まれた大人のバジャルドは、改めて見るとクルスが将来にこうなりたいと願う姿そのもののように感じられる。


 しかし返ってきた反応は想像とはかなり違っていて、バジャルドはクルスに冗談っぽく笑いかけた。


「特別扱いは、嬉しいものだ。だが私は、あいにく玉ねぎが苦手でね。このオムレツの中の具は、じゃがいもと玉ねぎだろう?」

「多分そう、ですね」


 思ってもみなかった言葉に、クルスは困惑しながら答えた。


 見たところ卵の中の具は薄切りのじゃがいもとみじん切りの玉ねぎである。

 だがバジャルドが本当に玉ねぎを苦手にしているようには見えないし、仮に本当に苦手だとしても細かく刻まれたごく少しの量を食べれないほどだとは思えなかった。


 しかし戸惑うクルスをよそに、バジャルドは料理をクルスの前に移動させて優しげに言う。


「だったら、これは君が食べてくれ」

「ええ、そんな……。せっかくバジャルド殿のために作られたものなのに、悪いです」

「気にすることはない。私が君に食べてほしいんだ」


 どうやらバジャルドは、クルスに卵料理を譲る気でいるらしかった。


 自分はそんなに物欲しげにしていたのだろうかと、クルスはとっさに恥ずかしくなり断ろうとした。


 だがバジャルドはもうひもじくて可哀想な小姓に食べさせてあげることに決めたらしく、椅子を引いてクルスに着席をすすめる。


(こうなったらもう好意を受け取らないのも、失礼なのかもしれないし)


 空腹に負けたところもあり、クルスはそのままついバジャルドの提案に流された。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 たどたどしく受け答えて、クルスは席につく。

 バジャルドは満足そうな顔をして、クルスのすぐ横に座った。


「遠慮しないでいいから、全部もらってくれ」

「はい、いただきます」


 開き直って心を決め、クルスは自分が料理と一緒に持ってきたナイフとフォークを手にとった。

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