厚焼きの卵料理④ 厨房のおつかい
(中身はまったくの空なのに、鍋って重いんだよなあ)
小姓は給仕だけでなく、後片付けもする。食べ終えたのが遅かったクルスは、人が少なくなった広間からスープの配膳に使われた鉄の鍋を運んでいた。
鉄の鍋の強烈な重さは、何度持ってもなかなか慣れない。
よろよろと廊下を歩き厨房に辿りついたクルスは、中に入って声をかけた。
「すみません。鍋を返しに来ました」
大きな炉と石窯がある厨房は、広くて天井が高いのに煙たかった。
作業台には夕食の食材がもう用意されているが、今は食後の休憩時間といった雰囲気で働いている人もくつろいでいる。
クルスの呼びかけにその内の一人が反応して、立ち上がり歩いてきた。
やや肥満気味のお腹を前掛けで覆った中年のその男は、料理長のロぺだった。クルスが鍋を抱えているのを見ると、ロぺはすぐそこにあった台置き指さした。
「ああ、君か。鍋はそこらへんに置いといてくれ」
「はい。わかりました」
ロぺに指示された通りに、クルスは鍋を部屋の隅に置く。
重い荷物からやっと解放されたクルスは、しびれた腕をぶらぶらさせながら戻ろうとした。
しかし、そこをロぺが呼び止めた。
「あ、ちょっと待ってくれ」
その声にクルスが足を止めて振り返ると、ロぺは慌てて何かを棚から出していた。
「あともう一つ、君に頼みたいことがあるんだが、いいかい?」
「はあ、俺に何の用でしょうか」
「これを騎士のバジャルド殿に渡してほしいんだ」
クルスは事情も分からないまま、ロぺの問いかけに返事をした。
するとロぺは棚から白布のかかった皿を取り出し、クルスに渡した。
「この皿を?」
皿を受け取ったクルスは、布を持ち上げて中を見てみた。白磁の皿には、綺麗なきつね色の焦げ目のついた厚焼きの卵料理が載っていた。クルスの手のひらほどの大きさのそれは、まるで満月のように丸くて黄色い。
「……これってオムレツ、ですよね。まさか陰謀による何かの薬とか入ってるんですか?」
目の前の料理に今すぐかぶりつきたい気持ちを抑えて、クルスは尋ねた。
あまりにも美味しそうな色合いに焼けているので、急いで布を戻して見えないようにする。
ロぺはクルスの冗談にちょっと笑って、皿に卵料理が載っている事情を小声で説明した。
「これは城主様に頼まれて作ったんだ。今夜バジャルド殿は奇襲作戦を指揮されるから、景気づけに良いものを食べさせてやってほしいと言われてね。材料が少なくて、美味しくできたかは不安なんだが」
髪の薄い頭をかいて、ロぺは今度は自信なさげに微妙に笑う。
「バジャルド殿が……」
重大任務を与えられているらしい騎士の名前を、クルスは繰り返した。
(奇襲作戦って、本当にあったんだ)
クルスは耳に挟んだ噂が嘘ではなかったことに、驚き喜んだ。
伯父の臣下の一人であるバジャルドの顔は知っているものの、言葉を交わしたことはない。だがロぺの話を聞いた途端に、クルスはバジャルドが格好良い人物であったような気がしてきた。
目を輝かせるクルスに、ロぺは一応といった様子で注意をつけたす。
「状況が状況だし、他の人の目があると食べにくいだろう? だからこれは、できれば人には見られないように運んでほしい」
「わかりました。これは俺がバジャルド殿に渡します」
クルスは勢いよく承諾した。
頼まれたのは些細な雑用である。しかしこれからまさに騎士として敵と戦う戦う人物と会えるのは、とても名誉なことだと感じた。
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