厚焼きの卵料理③ 広間での昼食

 司祭の講義が終わると、広間での昼食の時間になった。


 小姓は食事の際には貴人たちの給仕をつとめ、貴族としてのふるまいや礼儀作法を学ぶ。

 今日のクルスは、城主アンドレスの奥方である伯母ペルリタに給仕をする当番であった。


 立派なタペストリーや旗がいくつも飾られた広間は、食事の時間には人でいっぱいになる。伯父アンドレスや伯母ペルリタは部屋の前の方の一段高くなっているところに座り、臣下の身分ある騎士たちはその両側に縦に並んで食事をとる。

 それらの机の間を歩く小姓や召使いは、細かな規則に従って食事を運び切り分けた。


(今日の献立はパンとインゲン豆のスープか。ソーセージも一応入ってるみたいだけど、量が少ないな……)


 クルスは給仕として皿を机に置きながら、食事の内容をじっくりと見た。


 普通は身分によって違う献立は、籠城戦が始まってからはほとんど差がなくなっている。客人が来た際には羽で飾り付けられた豪勢なクジャク料理が載ることもあった食卓にも、今は薄切りの白パンと汁ばかりの具が少ないスープという質素な品しか並ばない。


 城主の伯父は物足りなさそうな顔を隠しきれないまま、中央の席でパンをちぎっていた。


 しかし隣に座る伯母ペルリタは、粗食を前にしてもご馳走のときと変わらない重々しい態度で、ゆっくりと時間をかけて食べていた。

 伯父よりもさらに名家に生まれた伯母は、誰よりも気位が高いのだ。


「今日のスープは、塩がひかえめで飲みやすいわね」


 伯母は優雅にスプーンでスープを口に運んで、味を褒めた。


 クルスはただ単にソーセージから出る塩気が足りないだけだろうと思ったが、どんなときでも貴族らしくふるまう伯母は立派なのかもしれないと感心もした。

 かつては国でも指折りの美人だと言われていただけあって、白い布で髪をまとめた伯母の横顔は自分の母親より年上でもときどきは美しく見えた。


 給仕の仕事を無事に終えると、クルスは広間の隅の召使い用の机で自分の分を食べた。伯父の給仕をしていたアリリオは、もう食べ終わったのか姿は見えなかった。


(お昼のパンは、これ一切れ……)


 クルスはぺらぺらに切り分けられたパンをちぎり、薄味のスープにひたしながら噛みしめた。

 しかしなるべく味わって食べたつもりでも、量が少ないのですぐに食べ終わってしまい、お腹いっぱいになることはできない。


(これだけじゃ、絶対に足りるわけがないよ)


 クルスは心の中で文句をつぶやいて、スプーンを置いた。戦争に勝つために必要なことであるとはわかっていても、それでもやはり不満はわき上がる。

 籠城戦が始まって面白く感じることもたくさんあるが、食事の少なさだけはクルスも我慢できなかった。

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