厚焼きの卵料理② 籠城戦の日々

 まぶしい日差しが濃い影を作る、夏の終わりの朝。


 クルスは従兄弟のアリリオと一緒に、階段の踊り場で壁にもたれて涼んでいた。

 アリリオの方が歳は一つ上だがどちらも小姓として城にいるため、二人は赤地の上着に灰色のタイツという同じ服装で立っている。

 熱っぽい調子で声を弾ませて、アリリオは隣のクルスに語りかけた。


「昨日のデラロサの攻撃、やばかったらしいな」

「ああ、新しい兵器が使われたんだっけ」


 早くも汗ばんできた黒い巻き毛をかき上げ、クルスは興味津々で戦争の話題に乗る。アリリオにとってもクルスにとっても、目の前で起きてる戦闘は危険だが心惹かれる祭事のようなものだった。


 アリリオはクルスが口にした「新しい兵器」という単語に鼻の穴をふくらませて、自慢げに年少の従兄弟を見下ろした。


「槍投げ機ってやつのことだろ。俺、それで飛んできた槍の穂先持ってる」


 そう言ってアリリオは隠し持っていた布の包みを広げて、中身をクルスに見せびらかした。

 アリリオの掌にのっていたのは、金属製の大きな槍の穂先である。多少変形してしまっているものの鋭さは残っており、それは布の上で鈍い輝きを放っていた。


 実物として見せられた敵の新兵器の一部に、クルスは思わず息をのむ。

 槍投げ機というのは、巨大な槍を敵に向かって発射する攻城戦用の機械のことであると、かつて本で読んだことがあった。


「うわ、でっかいな。どこで手に入れたんだ?」

「治療院の手伝いしてた時にもらった。こんなん当たったら痛いじゃすまないよな」

「確かに、これじゃ鎧着てても駄目かもしれない」


 入手手段についてクルスが尋ねると、アリリオはまた自慢するように答えた。

 クルスやアリリオはまだ見習いであるため戦場に出ることはないが、城の中で武具の整備などの雑用を頼まれることはあった。どうやらアリリオは雑務をこなす中で、ちょっとしたお宝に出会えたらしい。


 治療院にあったということはこれはもう誰かの命を奪ったのだろうかと思いをはせて、クルスはしみじみと穂先を見つめた。長い柄のついた槍として空を飛んでくる想像が、脳裏にありありと思い浮かぶ。


 アリリオは大事そうに穂先の縁を指で撫でて、訳知り顔でつぶやいた。


「こういうのに比べるとうちの軍は反撃もぱっとしないし、もうずっとやられっぱなしだ」


 敵は敵であり、当然憎む気持ちが一番にある。

 だが自分たちの城にはない攻城戦のための巨大な仕掛けを用意されると恐怖よりも先に憧れを感じてしまうところが、戦場を知らない二人にはあった。


 クルスはアリリオの態度に共感した。しかし一方で、クルスは自分たちはあまりにも敵について良く語りすぎてしまったと反省もした。


(確かに敵の兵器は大きくて格好良い。でも、こっちだってこれから巻き返していくはずだ)


 一生懸命に自軍の良い話を探し、クルスは何とかアリリオとは異なる意見を言った。


「俺たちの城だって、補給路を開くための奇襲作戦の準備があるって聞いたよ」

「へえ、いつ? 誰が指揮するんだ?」


 クルスが耳に挟んだうろ覚えの噂を話すと、初耳だったらしいアリリオが矢継ぎ早に質問を重ねる。


「詳しいことはわからないけど……。でも決行の日は近いはずだって」


 半分くらいは願いごとに近い形で、クルスは答えた。


 敵の包囲により補給が断たれたせいで一日に食べれる量は厳しく制限され、クルスは今日も朝からお腹をすかせている。

 そのため誰かが包囲網を破って食料を運んできてくれることを、クルスは強く待ち望んでいた。


 そうやって二人が戦争についてあれこれ語っていると、甲高い老人の声が下の階から響いた。


「アリリオ! クルス! もう語学の時間だ。早く部屋に入りたまえ!」


 うんざりした気持ちで下の階段を覗くと、城の子供たちの教師でもある年老いた司祭が二人を見上げにらみつけている。


「はい。わかりました、司祭様」


 クルスとアリリオは返事だけは立派に返し、嫌々階段を降りて礼拝堂に接した教室の中に入った。

 すでに座って本を開いている他の子供たちは、怒鳴られながら席に着く二人と目を合わせては笑っていた。


 戦乱によって城の生活のすべてが変わってしまったというわけではなく、そのまま続いている日常も多い。司祭による少年たちの教育もそのうちの一つで、クルスは午前中は語学や数学を学ばなければならなかった。


 午後になれば中庭で剣や弓の稽古をすることが許されており、クルスにはそちらの方が勉強よりもよっぽど楽しみだった。敵に包囲されて城の外で乗馬や狩りをするのが難しい今、武器にふれられる時間は貴重だ。


(もしも俺がもう大人だったなら、こんな古くさい言葉を学んでるひまに戦場で戦えたのに。ご先祖様の騎士物語みたいにさ)


 クルスは古い外国語の講義を始める司祭の声を聞き流し、窓の外の青空を見た。

 元々勉強は苦手だったが、すぐそこで戦争が始まってからは余計に退屈さが増した気がする。

 クルスは幼いころから読み聞かされてきた名誉に生きて死ぬ騎士たちの物語の主人公に自分がなる空想を何度もして、夢が現実になる日に備えた。


 国の危機を救い褒美をもらう騎士に、王を守るために死んで褒め称えられる騎士。


 クルスはいつか自分がなりたい、様々な騎士の姿を思い描く。

 そんな未来のことを考えている間は、空腹も少しは忘れていられる気がしていた。

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