肉団子入りのスープ⑤ 食堂の夕食

 牢獄を去ったテルエスは礼拝堂で晩の祈りを行い、その後は夕食を食べるために食堂へ向かった。


 食堂は何十人もの修道女が一度に食事をとる場所であるので、白い石造りの部屋には長机や長椅子がいくつも並んでいる。

 テルエスは後方の定席に座り、机の上に並ぶ蝋燭の炎を見つめていた。食事もまた神の恵みを讃えるための時間であるので、無駄話をする者もなく食堂は静寂に包まれている。


 やがて給仕当番の修道女が配膳台を転がしながらやって来て、まずは空の深皿にスープを注ぎ、パンをそれぞれの席に置いて回った。


(あの色合いは、エンドウ豆のスープでしょうか)


 深皿に注がれるスープの薄い緑色を眺めながら、テルエスはポタージュの素材について考えた。

 全員にスープが行き渡ると、前方の説教壇に立つ朗読係が食事の始まりを告げる短い祈りの言葉を述べた。


「この食事に祝福を」


 修道女たちはその言葉を復唱し、食事をとった。

 テルエスも復唱し、スプーンを手に取りゆっくりとスープを食べ始める。


(あ、これはキャベツのポタージュですね)


 さらりとのどごしの良いピュレ状のポタージュを口に含み、テルエスはその春らしい甘みからそれがキャベツのスープであることを知った。

 新鮮な春キャベツの風味をなめらかなクリームでまとめたポタージュは、やさしくさっぱりとした味である。


 そして二口、三口とじっくりと食べ進め、他にタマネギやクレソンなどの素材も複雑で深みのある味わいを作っていることに気付く。ハーブがふんだんに使われたスープはすっきりとした後味で、旬の野菜の濃密さに爽やかな香りが効いていた。


(やっぱり料理人の方が作ったスープは素晴らしいですね。自分で作ったものも良いですが、人に準備してもらえた料理の美味しさはまた格別です)


 テルエスはスープを食べながら、先ほど自分が作った料理のことを考えた。

 あれはあれでよくできたと満足していたが、やはり今この目の前にある料理の方が出来栄えが良いのは間違いない。


 説教壇に立つ朗読係の修道女は、聖書に語られるいにしえの預言者の物語を粛々と読み上げていた。


 その静かな声に耳を傾けながら、テルエスはパンに手を伸ばした。

 パンはスヴェアのスープに添えたものと同じライ麦のパンで、焼かれてから日が経っていないためまだ少しやわらかかった。


 薄切りにされた茶褐色のパンをちぎってよく噛んで食べれば、ほのかな酸味と穀類の味が口の中に広がる。パンの中にはもちきびやくるみも入っていて、それぞれの食感も楽しく食べごたえがあった。スープに浸して食べてみても、味が変わってもちろん美味しい。


 そうしてスープを食べ終える頃合いになると、給仕係が最後にメインとなる料理を運んで来る。今日の大鍋の中身は鶏肉とキノコの煮込み料理だ。


(とてもいい香りですね。ワインが使われているのでしょうか)


 テルエスは皿に盛りつけられた鶏肉をじっと見た。骨のついた鶏のもも肉が、しめじやまいたけとともに赤ワインのソースで栄養たっぷりに煮込まれている。その華やかな香りを堪能しながら、テルエスはフォークとナイフを手にとった。

 ナイフの通りがよく、すぐに切れる肉だった。テルエスはまだ湯気を上げている鶏肉を、ほどよい大きさに切って口に運んだ。


 その瞬間、ふわりと口の中でソースと鶏肉の芳味が広がる。


(すごくやわらかくて、でも脂っぽさがなく身体に良さそうな心が和む味です)


 テルエスは熱々に調理された鶏肉を、十分に時間をかけて味わった。


 鶏肉は皮を取り除かれて一度焼かれているため脂がおちてくどさがなく、なおかつ旨味を失わずにやわらかく煮込まれている。具材の味が溶けこんだ赤いソースはじっくりと熟成されたワインからできた風味豊かなもので、鶏肉をまろやかなとろみで包んでいた。

 そしてさらに隠し味に入ったにんにくや臭み消しの香草が、料理を飽きのこないしっかりとした味にしている。しめじやまいたけの方も絶妙に歯ごたえがあり、鶏肉の出汁がしっとりとしみていた。


(今日もこうやって美味しいものを食べることができて、私は本当に幸せです)


 料理した人の気遣いが伝わる一皿を味わい、テルエスは心を満たされた気持ちになった。


 ふと目を上げると、他の修道女たちもテルエスと同じように黙々と食事と向き合っている。


 朗読係が読み上げる聖書の言葉と、そして時折食器にナイフがあたる音が響く他は何の音もしない静寂。机の上に並ぶ蝋燭の揺れる光に照らされて、テルエスは心地の良い沈黙と安らぎの中にいた。


(私の作った料理も、スヴェアをこうやって満たしていてほしいです。あのスープを美味しく食べてもらえたなら、それが私が彼女に出会った意味でしょうから)


 その他の大勢がいる部屋に身を置きながら、テルエスは牢獄に一人でいるスヴェアのことを最後に思い出す。

 それは普段の農事を終えた一日の終わりとは違う、不思議な気持ちだった。


 テルエスとスヴェアでは、居場所も食すものも別である。


 だが食べるという行為によって得る穏やかな時間は同じであってほしいと、テルエスは思った。

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