肉団子入りのスープ⑥ 火刑の空を眺めて

 そして翌日。


 予定通り護送の責任者の男が迎えに来て、スヴェアは裁判場に送られた。


 スヴェアが去ったので、テルエスは片付けのために牢獄に入った。


 格子窓から朝日が差し込む朝だけは、牢獄はやたらまぶしいくらいに明るい。

 テルエスはその光の中でまず、食器が重ねて置いてあるのを見つけた。手にとって確認してみると、中身はすっかり空である。


(ちゃんと食べてくれたんですね)


 テルエスは空の食器を見て、ほっと胸を撫で下ろした。

 スヴェアは頑なにテルエスに反発していた。テルエスは出来る限りのことをしたつもりだったが、意地を張られて食事を残される不安も一応はあった。


 だが最後にはスヴェアが折れて、スープを食べた。テルエスの努力は無駄にはならなかったのだ。


 殺人者である大罪人を心を込めて迎える必要はない、と言った人もいる。罪人自身も、処刑される人間である自分をもてなすのは馬鹿馬鹿しいことだと笑った。


 しかしテルエスは、死ぬことが決まっているスヴェアだからこそ、最後に少しは美味しいものを食べてほしかった。犯した罪は重く死ぬのが当然の罰だとしても、何もかも奪われるべきだとは思わない。


 スヴェアにとっての幸せが何だったのか、テルエスに理解する方法はない。

 だが少なくともテルエスの作ったスープを食べているそのときだけは、孤独ではなかったと信じたかった。


 空の食器を布で包むと、テルエスは燭台に残った蝋燭の燃え残りと水差しを片付け、持ってきた箒で軽く全体を掃いた。


 囚人はいなくなり、テルエスの牢番としての役目も終わったのである。


 ◆


 その後、スヴェアは聖女の名を騙った大罪人として宗教裁判で裁かれ、都の大臣たちが望んだとおり火刑に処された。


 罪状は明白でスヴェア自身もすべて認め、誰もが彼女を有罪だとした。

 スヴェアが許されざる罪を重ねたことは真実なので、火刑という判決もきっと間違いではないのだろう。


 処刑は都と大修道院の間にある川の河原で行われ、その灰は川に流されることになった。

 火刑による煙は、テルエスが耕している農園からもよく見えた。

 

 雲一つない青空に、黒い煙が細くたなびいて上っていく。

 テルエスはその様子を、鍬を置いて見上げた。風の穏やかな、春の凪いだ天気の午後のことである。


 嘘のように遠い死を眺めながら、スヴェアがどのような最後を迎えたのか、テルエスは少し想像してみた。


 見物人の野次馬に囲まれていても、スヴェアはきっと可能な限り毅然と振る舞っただろう。あの綺麗だったスヴェアが焼かれる様子は、もしかしたら本物の聖女のように見えたのかもしれない。


 だがその心が何を感じていたのかは、今はもう考えてもわからなかった。


 テルエスの作ったスープは彼女のその死を安らかにしたのか、余計につらくしたのか、それとも何も変えなかったのか。テルエスがその答えを知ることはない。


 鍬を再びしっかりと握り、テルエスはこれからの農作業のことを考えた。春は土づくりや種まきなど、やることがたくさんある。


 最後にスヴェアが炎の中で脳裏に描いたのは失った故郷の人か、殺した聖女か、自分を聖女だと信じた王か、もしくは。

 それもテルエスにはわからないことなのだ。

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