肉団子入りのスープ③ 肉団子入りのスープ

 梯子を外して落とし戸を閉め、テルエスは牢獄のある塔を出た。昼食を食べてから案外時間は過ぎていて、日は傾きかけていた。


(あと私がやることは……夕食の調理、ですね)


 テルエスは前任の係からの引き継ぎの内容を思い出しながら歩いた。


 牢番の役割には当然囚人の食事の準備も含まれており、さらにその食事は修道院の規則上の理由から通常の食事と同じ鍋で作ることを禁じられていた。

 つまりスヴェアには自分たちとは別の料理を用意しなくてはならず、いつもは食堂で用意された料理を食べているテルエスも今日は何かを作らなければならないのだ。


 普段あまり料理をしないので、正直腕に自信はない。しかしそれが牢番の役割なのだから、やるより他はなかった。


 テルエスはささやかな覚悟を決めて、厨房のある棟に向かった。


 火を扱う厨房は、火事の際の延焼を防ぐために宿舎や礼拝堂とは離れた場所に建つ。熱気のこもる室内では料理人長とその下で働いている修道女が、石窯でパンを焼いたり、炉の上に掛けた大釜でスープを作ったりしている。


 厨房の中に入ったテルエスは前掛けをすると、その片隅を間借りして料理を始めた。作るのは、肉団子と野菜の入ったスープである。理由はテルエスの好物だからだ。


 テルエスはまず、肉団子を作るためにあらかじめ前日から水に浸しておいた小麦を茹でて、すり鉢でつぶした。

 つぶした小麦から粘り気が出たら、今度は肉切り台の上に広げた鶏のレバーを包丁でひたすら叩いて細かくする。ミンチにしたレバーをつぶした小麦に加え、さらにバター、塩胡椒を入れて味をつけ、ヘラでよくかき混ぜる。臭みを消すために、粉末にした香草も入れた。


 そうして出来上がったレバーペーストをスプーンを使って球状にまとめて、テルエスは一つ一つ丁寧に肉団子を作った。柔らかなペーストであるので、団子にするのも一苦労である。


(好きな料理だから選びましたが、作るのは大変ですね。もっと楽なものにしておけばよかったでしょうか。だけどあの人にとっては最後の食事かもしれないのだから、そう適当なものを作るわけにはいけませんし)


 テルエスは慣れない手付きで肉団子を作りながら、自分の選択について考えた。

 一応厨房にいる修道女にレシピを聞き、何度かは練習した献立ではある。しかしいざ本番を迎えると、もともとなかった自信がさらに目減りした。


 いくつか拙い形のものがありつつも肉団子の原型が完成したので、次は野菜をみじん切りにした。にんじんと玉ねぎと根セロリの三種の野菜だ。

 玉ねぎは食欲不振に効き、根セロリは爽やかな風味が肉とよく合うとのことである。包丁を持つ手は重くゆっくりとした調子でしか切れないが、角型に刻み終わった野菜はころころと小さくて可愛らしい。


 具がすべて準備できたところで、炉に掛けた鍋にバターを入れて溶かして野菜を炒めた。

 バターの香ばしい匂いがあたりに広がる。

 ある程度野菜に火が通ったら、水を加えて蓋をし強火で沸騰させた。

 厨房は暑く火の近くによると汗ばんでしまううえに、炉からの煙にときおり咳き込みそうになる。


 ぐつぐつと煮立った後は蓋を取り、鍋置きの下で燃えている薪の場所を火かき棒で調節して弱火にした。

 火が落ち着いたところで、形が崩れないようにそっとレバーの肉団子を入れる。


 そして火加減を見つつ、肉団子と野菜をしばらく煮込む。

 火の通った肉団子が浮き、野菜がよく煮えたら、最後に香りづけに手で千切ったハーブを入れ、塩胡椒で味をととのえて完成だ。


 火から鍋を下ろすと、中には澄んだ色をしたスープが肉団子とともに良い匂いをさせていた。野菜と香草が多めに入っているので、地味な料理ではあるがなかなかの彩りだ。


(ようやく終わりました……)


 テルエスはほっとした気持ちで、味見のために少しだけ椀によそって食べてみた。


 どきどきしながら木の匙で自作のスープを口に入れると、素材の味が濃く詰まったスープはまろやかで飲みやすく、みじん切りの野菜も自然の甘みがあった。

 少なくとも大きな失敗はなさそうなことに安心し、次は肉団子を頬張る。


 肉団子は塩胡椒の下味がしっかりとついていて、小麦が入っているおかげでほどよいとろみのついたやわらかさだった。噛めば肉の旨味が口の中に広がり、じんわりとバターのコクとともに溶けてほどけていく。根セロリとハーブの爽やかさも、肉団子の味を引き立てる良いアクセントになっていた。


(形は悪いですが、やっぱり小麦入りの肉団子は美味しいですね)


 思わず笑みをこぼしつつ、椀に入った残りも食べる。

 料理人が作った一品に比べれば雑な仕上がりだが、テルエスが作ったものの中でなら会心の出来栄えだった。


 味見に満足した後は、使った調理道具を片付けた。

 窓の外を見て頃合いを確認してみれば、ちょうど夕暮れになっている。食事を運ぶのに良い時間だ。


 テルエスはパンを焼く係の者にライ麦のパンを何切れかもらい、スープを入れた蓋付きの器と一緒に厚手の布に包んだ。パンまで自分で焼くのは、さすがに無理だった。


(冷めないうちに、持っていきましょう)


 牢獄のある塔までは、少し距離がある。テルエスは包みを持ち、囚人のもとへと急いだ。

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