4、

 家に帰って、パソコンの真っ白な画面に向き合った。冷房の効きが悪いアパートの一室。パソコンの熱で体は余計に熱くなる。薄暗くて狭いねぐらの中で、画面ばかりが煌々と明るかった。

 俺は何を撮りたいのか? どうして映画に執着してきたのか? 

 答えは言われるまでもなくわかっていた。わかっていたのに、見ないふりをしてきた。傷つくのが怖かった。苦しい思いをしてまで、自分の核を、自分の人生そのものを曝け出す勇気がなかった。

 自分のルーツは紛れもなく姉だ。今は、もういないけれど。

 どうせ最後だ、と自分に言い聞かせる。どうせ最後なんだから、この際、俺の全部を書き尽くしてやろう。自分の人生くらいいくらでも売ってやる。

 一度腹を決めると、自然と手は進んだ。

 書いて、書いて、書いた。寝食なんて余裕で頭からとんだ。自分の内側をほじくるような作業はやっぱりすごく苦しかったけれど、膨大な闇の中からたった一掴みの光を探す作業に、気づくと没頭していた。

 傷を掘り返すのは痛い。それでも俺はこの話を撮りたい。久美さんからの批評とか、自分の生活とか、そんなことはどうでもよかった。

 休日すべてを使って一気に書いたせいで、休み明けの出勤はふらふらだった。いつにも増してポンコツだった俺は、つまらないミスをいくつも重ね、久美さんからめちゃくちゃ怒られた。

 そして訪れた運命の日。これでだめだったら辞めよう、と思っていたのに、いざジャッジの瞬間が迫ると、俺は怖くて仕方なかった。この企画の否定は自分の人生の否定に他ならなかった。今までの数々の罵詈雑言が頭をよぎる。

 これまでと比べ物にならない緊張感と、張りつめたような静寂。ぎゅっと手を握り込めた。

 久美さんは一枚一枚、一文字ずつ吟味するようにじっくり目を通す。その目が少し険しくなるたびに、いちいち脈拍が速くなった。紙のめくれる音。自分の息づかい。頼むから早く終わってくれよ。この地獄みたいな時間はいつまで続くんだ? 閻魔様の審判を受ける亡者みたいな気分だった。

「亮也」

「ひゃいっ」

 急に名前を呼ばれて、情けない声が出た。久美さんの声はドスがきいているから、普通に喋るだけでも怖い。なんでこの人があんな温かい映画を撮れるのか本当にわからない。

 自然と肩に力が入る。どんな罵倒が飛び出してくるのか、思い切り身構えている俺に、久美さんはいつもと全く変わらない、ぶっきらぼうな口調で告げる。

「これ、あんたが撮りなさい」

 耳を疑った。え、と口ごもる俺に、「二度は言わない」と不機嫌そうな追撃。

「このあいだの予告、悪くなかった。試してみなさい。自分の腕がどのくらい通用するのか」

 誰かの上ずった囁き声。ざわざわと周りが騒ぎ出すのに遅れて、ようやく事情が呑み込めてくる。「やっぱり! 僕もそろそろかなって思ってたんだよねえ」と金子さんの声。驚いてそっちを見ると、

「初監督おめでとう」

 恵比寿さんみたいなにっこり笑顔がそう告げた。

 俺は固まって動けなかった。この感覚は採用通知以来だろうか。夢とか幻覚だったらどうしよう。呆気にとられている俺に、「日和って逃げ出すなら止めないけどね」と久美さんが吐き捨てる。

「やりますっ!」

 俺は腹の底からでかい声で答えた。

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シネアスト 澄田ゆきこ @lakesnow

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